2019年 8月 17日 (土)

「カッチーニ作曲」として定着した偽作 ヴァヴィロフの「アヴェ・マリア」

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   先週は、ハルヴォルセンの「ヘンデルの主題によるパッサカリア」を取り上げました。ほとんどハルヴォルセンのオリジナルの曲ではありますが、最初のメロディーはヘンデルのハープシコード作品から借りているので、正しく表記されている、ということになります。このように、あまり有名でない作曲家が、クラシックの歴史上の有名人の作品、または有名な作品をモチーフに新たな曲を変奏曲形式などで作曲する、いわば作曲の「本歌取り」・・ということはよくあることだ、と先週書きましたが、中には、無名な作曲家が、「自分の作品」とすると世の中に偏見を持って聴かれてしまうため、過去の別の作曲家の作品として発表する、という、いわば「逆盗作」のような事例もいくつかあります。

  • 若きヴァヴィロフのギターを構える写真
    若きヴァヴィロフのギターを構える写真
  • リュート奏者としてのヴァヴィロフの活躍を伝える掲示
    リュート奏者としてのヴァヴィロフの活躍を伝える掲示
  • ヴァヴィロフの記念碑。アヴェ・マリアをカッチーニの作としたのはなぜだったのか、今となっては真相を知るすべはない
    ヴァヴィロフの記念碑。アヴェ・マリアをカッチーニの作としたのはなぜだったのか、今となっては真相を知るすべはない

どう考えても20世紀以降のテイスト

   有名なのが、名ヴァイオリニスト、フリッツ・クライスラーが、「バロックの未発表の作品の楽譜を発見した」として、いくつかの自作をバロック時代の作曲家の作品として発表し、記者に指摘されて白状したというケースがありました。これは、クライスラーが、演奏家としてあまりにも高名で、同時に作曲家としてはアマチュア同然、と考えられていたために、「先入観なしで曲を聴いてほしい」という思いから、過去の作曲家名を借りて自作を発表した、というケースです。幸か不幸か、世界的な演奏家クライスラーのことですから、彼の演奏曲にも注目が集まり、マスコミに追及されて作曲者の正体が暴かれることになりました。

   今日取り上げる曲は、真の作曲者たる演奏家も、名前を借りた古い時代の作曲家もあまり有名でなかったために、真相が暴かれぬまま現在も演奏されている曲、「カッチーニのアヴェ・マリア」です。曲自体はとても有名で、たくさんの声楽家や器楽奏者によって、今日でもよく演奏されています。

   結論から書くと、この「カッチーニのアヴェ・マリア」という曲は、後期ルネッサンスから前期バロックにかけての時代、イタリアで活躍したジュリオ・カッチーニの作品では全くありません。

   そもそも曲のハーモニーが、古い時代には存在しない、使われることのないもので、どう考えても20世紀以降のテイストで書かれています。そして、バロック音楽の専門家によると、「この形式の曲なら3拍子であるのが自然で、4拍子で書かれているところからして、これは後世の偽作」と断定されるトンデモ作品です。つまり、あけすけに言えば、「カッチーニの時代のスタイルのことなんか一切気にせずに作曲し、カッチーニ作品と適当に名乗った」作品なのです。

当初は「作曲者不詳」として発表されたが...

   1925年、ソビエト(旧ソ連)に生まれたウラディミール・ヴァヴィロフは、サンクトペテルブルク(当時はレニングラード)音楽院に学んだギタリスト・リュート奏者でした。西側と接触が少なかったソビエト時代に、彼は、楽譜校訂者としてソビエトで古い時代の音楽の復興にも力を入れました。ギターやリュートは歴史が古い楽器で、音が小さいために近代的なオーケストラには滅多に参加しませんが、バロック時代には重要なアンサンブル楽器として、さまざまな室内楽で活躍したのです。ヴィヴァルディや、J.S.バッハもリュート作品を残していることから、それがうかがえます。

   演奏家、楽譜校訂者であるだけなら問題がなかったのですが、ヴァヴィロフは作曲も学んでいました。作曲家としての腕を発揮したくなってしまったところから、話はややこしくなります。彼がギタリストとして演奏したアルバムの中には、「様々な作曲家のオムニバス作品集、という体裁になっているが、実は1曲を除いてすべてヴァヴィロフ自身の作品」というものさえ存在したのです。おそらく、作曲家としての腕にあまり自信がなく、もちろん名前もないし、一方で古楽の研究者だったため、バロックやルネサンス作品に偽装してしまえばばれることが少ないだろう・・・とでも考えたのでしょう。「古い時代の未発表の楽譜を発見した!」という方法は、クライスラーも使った手です。

   「カッチーニのアヴェ・マリア」も当初は「作曲者不詳」として発表されたのですが、ひょんなことからカッチーニの名前が出てしまい、おそらく、ヴァヴィロフもそれを利用して否定しなかったため、すっかり「カッチーニのアヴェ・マリア」としてソビエト国内で流通するようになり、その後、世界に広がってしまったのです。

   そして、彼は、真相を明かすことなく、1973年に亡くなってしまうのです。まだまだソビエトがロシアになり、広く世界に国内の情報が流通する時代までは間がありました。

「カッチーニ作品」なら著作権は消滅している

   上記の通り、「カッチーニのアヴェ・マリア」は専門家が聞けば、ハーモニーにおいても、リズムにおいても、「バロックではありえない音楽」・・いや、「20世紀以降の誰かが作曲した音楽」と判断できるので、現在ではほぼヴァヴィロフ自身が作曲した作品、ということで定着していますが、それでも、なんとなく「バロック時代の古い音楽」としたほうが雰囲気が出るからか、現在でも「カッチーニのアヴェ・マリア」の表記のほうが多くなっています。勘繰るならば、ヴァヴィロフ作品とすれば、演奏するにあたって著作権料が発生しますが、カッチーニ作品としておけば、作曲者の著作権は消滅しているので、関係者が「そのままにしておいて・・・」と考えた場合もあるかも?なんて想像できます。

   複雑に高度化した現在、著作権の定義は大変厳しく、さまざまな論議を呼んでいます。現在日本では、音楽教室の中の教育のための演奏を「公衆への演奏」として著作権料を徴収するかどうか・・というような裁判まで行われておりますが、長い歴史を持つクラシック音楽の場合、著作権などあまり念頭になく、「自由にその時のヒット曲を主題に変奏曲を作る」というスタイルなどが流行した時代もあります。若手の無名の作曲家が自分の名前を売り込むときにはそういった作品が必要だったりするので、モーツァルトも、ベートーヴェンも、ショパンも、その時代の「誰でも知っている名曲」のメロディーを基にした変奏曲を、特に若いころ作っています。

   「カッチーニのアヴェ・マリア」は、むしろ逆で、作曲者ヴァヴィロフが「他人の名前の陰に隠れたかったから」というケースですが、本当の作曲者という真実が闇の中・・という変わった現象が起きるのも、長い歴史があるクラシック音楽ならではのケースかもしれません。

   旋律が印象的で、耳に残る名曲だけに、亡くなる前に、真の作曲家にカミングアウトしてほしかったな・・と思ったりしてしまいます。

本田聖嗣

本田聖嗣プロフィール
私立麻布中学・高校卒業後、東京藝術大学器楽科ピアノ専攻を卒業。在学中にパリ国立高等音楽院ピアノ科に合格、ピアノ科・室内楽科の両方でピルミ エ・ プリを受賞して卒業し、フランス高等音楽家資格を取得。仏・伊などの数々の国際ピアノコンクールにおいて幾多の賞を受賞し、フランス及び東京を中心にソ ロ・室内楽の両面で活動を開始する。オクタヴィアレコードより発売した2枚目CDは「レコード芸術」誌にて準特選盤を獲得。演奏活動以外でも、ドラ マ・映画などの音楽の作曲・演奏を担当したり、NHK-FM「リサイタル・ノヴァ」や、インターネットクラシックラジオ「OTTAVA」のプレゼンターを 務めるほか、テレビにも多数出演している。日本演奏連盟会員。

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