2019年 11月 12日 (火)

「1984年」とは別の魅力 エッセイ作家としてのオーウェル

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■『あなたと原爆 オーウェル評論集』(著・ジョージ・オーウェル、翻訳・秋元孝文 光文社古典新訳文庫)

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   ドナルド・トランプ氏が2017年1月に米大統領に就任してから1週間で、英国の作家ジョージ・オーウェルの、その死(1950年1月)の直前に出版された著作である「1984年」の売り上げが急増し、米アマゾンの書籍ベストセラーになったことがニュースで報じられたことを記憶している方も多いと思う。独裁政権が徹底して情報を管理するディストピアが現代にマッチしたのだという。

   しかし、著名な英国の政治学者クリックの手になる、オーウェルの優れた評伝「ジョージ・オーウェル ひとつの生き方」(上・下)(バーナード・クリック著 河合秀和訳 岩波書店 2000年7月)は、「彼の天才は何にもましてエッセイ作家であることにあった」と断じる。「彼は話すように書き、読むものにいろいろ連想を湧かせ、人間的で、論戦的な調子で書いている時にも心は他の意見に対して開かれており、そして深く思索をめぐらしていた」のだ。

   故小野寺健・横浜市立大名誉教授編訳「オーウェル評論集」(岩波文庫 1982年 品切れ)についての岩波書店のウェブサイトの紹介でも、「オーウェル(1903―50)といえば、ひとは『動物農場』『1984年』を想うだろう。だが30代から戦後にかけて展開された活発な評論活動を忘れてはならない。文学・政治・社会現象・植民地体験など多岐にわたる対象に鋭く深く切り込む彼のエッセイを貫くのは、自律的知識人に固有のあの強靱さと優しさだ」といっている。

「非常に単純な英語で非常に美しく書かれている」

   そんな中、オーウェルの評論についての新刊本が、光文社新訳古典文庫の1冊として、さきごろ出版された。

   「あなたと原爆」という、冒頭のエッセイの題がとられていて、ややミスリードな先入観がつくられてしまうかもしれないが、文庫本48ページ目あたりからの、名エッセイの誉れ高い、オーウェルの初期の英国植民地時代のビルマ(現ミャンマー)での警察官時代を描いた「絞首刑」や「象を撃つ」をまずは読んでみたい。

   評者がオーウェルを最初に読んだのは、たぶん高校生のときのはずである。オーウェルの魅力は、「簡潔明晰で、力強く、それでいて柔軟な文体にある」(「対訳 オーウェル2<象を撃つ・イギリス人>」(小野協一訳注 南雲堂 1957年)ので、英語の勉強の副読本として読まれていた。「1984年」とならぶオーウェルの著名な著作である「動物農場」を、対訳本(「対訳 オーウェル1<動物農場>」(佐山栄太郎訳注 南雲堂 1957年)ではじめて読んだ。

   上記のクリックの評伝で、「動物農場」について、「非常に単純な英語で非常に美しく書かれているため、英語の教材として広く用いられており、独裁制や軍部支配の政府のもとでも用いられることがある。その本の反共産主義が認められてのことであるが、しかし本が専制政治一般を攻撃しているという点は見落とされているようである」という。英国人らしい皮肉が効いている。

   オーウェルが、スペイン内戦に民兵として参加した体験を書いたルポルタージュ「カタロニア讃歌」 (いろいろな版があるが、評者が読んだのは、ハヤカワ文庫―NF 1984年) も、電子媒体ではなく、本を手にしようとすると、古本屋めぐりをするしかない状況だが、オーウェルの転機になったルポで、とても味わい深い。これに関連しては、この光文社文庫版の中に「スペイン内戦回顧」が収録されている。

   クリックは、「・・・彼の政治思想は、かなり明確であると私は思っている。彼は非常に島国的、イギリス的な意味での民主的社会主義者であった。しかし彼の政治論、自由に対する彼の愛情、彼の寛容さの本質的な部分は、1つの国民、1つの思想、1つの政党の独占できるものではない」という。

   世の中の分断が進み、マスメディアや知識人というものへの信頼も揺らぎ、左右双方から相手方をことさらに誹謗中傷する粗野な罵声が飛び交う中、我々は、このオーウェルの優れたエッセイを読むことで、いわば、我に返り、落ち着いて、寛容な思考を取り戻すことができるように思うのだ。

経済官庁 AK

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