2020年 7月 10日 (金)

江戸時代は最低 出口治明さんは「死者を多く出し、背を縮めた」と

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   週刊文春(1月23日号)の「出口治明の0(ゼロ)から学ぶ『日本史』講座」で、出口さんが「江戸時代は、トータルで見ると日本の長い歴史の中では最低の時代だった」と書き出している。なかなかのインパクトである。漠然と「戦争のない平和な時代だった」と思っている人も多いが、データは別の世界を示していると。

   出口さんは京都大学から日本生命に入り、生保マンと教育者の二つの顔で生きてきた。現在の肩書は立命館アジア太平洋大学(APU)の学長である。

   文春での連載はこの144回目が「近世篇」の最終回で、江戸時代を総括する内容。「最低」と言い切る評価の理由を求めて、読み進めていこう。

「人間として生まれた以上は、普通にごはんが食べられて、好きなことにチャレンジができて、人並みに人生を終えることができるというのが幸せの最低条件であり、途中で不意に死ななければならないことほど人生の理不尽はないと思います」

   なるほど、江戸時代は「不意の死」に満ちていたというわけだろう。まずは飢饉による大量死。出口さんによると、寛永、享保、天明、天保の「四大飢饉」で、餓死や病死でそれぞれ数万人から百万人の人口が減った。百万人は、当時の総人口の3%にあたる。

   政治システムの問題でもあるようだ。江戸幕府は大名間の婚姻や交流を厳しく制限していたため、飢饉にあたり隣藩とコメを融通し合うようなことが難しかったらしい。鎖国制度ゆえに、海外から食糧を「緊急輸入」する道もなかった。

   その結果、江戸時代は総人口があまり増えず、18世紀初めに3000万人に達してから幕末まで、増加ペースは緩やかだった。食糧はコメと雑穀が中心、動物性タンパク質はめったに摂らなかったので、男子の平均身長は155㎝と、日本史上で最も小さかったそうだ。

  • 江戸時代は「戦争のない平和な時代だった」と思っている人も多いが(写真は奈良井宿)
    江戸時代は「戦争のない平和な時代だった」と思っている人も多いが(写真は奈良井宿)
  • 江戸時代は「戦争のない平和な時代だった」と思っている人も多いが(写真は奈良井宿)

腹いっぱい食わせるべし

   中世にも大飢饉はあった。しかし、支配の仕組みが江戸時代ほどしっかりしていなかったため、民は簡単に他の土地に移ることができた。江戸時代も初期こそ流動的だったが、鎖国システムの完成や、集落における連帯責任もあって、逃げることが難しくなる。

   出口さんは、江戸前期にはほとんど伸びなかった「1人当たりの総生産」が、18~19世紀の後期には年率0.2%台ながら伸び始めたことを認める。

「商工業が生まれ始めたということです。町人の力が強くなって、産業が起こってきたのです。このデータを見て、『江戸時代後期は産業革命を準備していたんやで』と見る人もいます。ただこれも世界と比べれば、ヨーロッパはもっと成長しています」

   自分はもちろん、子や孫にも江戸時代には生まれ変わってほしくないという出口さん。この時代への評価はずいぶん辛口だ。結語では、その理由を別の言葉で再掲している。

「政治とは何かといえば、市民に腹いっぱい食べさせて、好きな人生を送らせることが要諦だとぼくは思うので、死者を多く出し身長を低くした江戸時代には高い評価を与えることができないのです」

ノスタルジーと現実

   時代小説やテレビ時代劇では、圧倒的な人気を誇る江戸時代である。天下泰平のもとで市井の文化が花開いた。その陰で、庶民の暮らしは意外に死と近かった...まあそうだろうなとは思うが、同時に「先生、そこまで嫌わなくても」と突っ込む自分がいたりする。

   確かに、ノスタルジーと冷徹な現実は分けて考えないといけない。

   現代史でいえば、昭和30年代への漠たる憧憬というのがある。あの「三丁目の夕日」の世界。客観的には、日本が戦災の復興を終え、高度成長や東京五輪などで国際社会にカムバックしていく時代。まだまだ貧しいけれど、多くの庶民には無限の夢があった。テレビが茶の間に行き渡り、暮らしが「電化」していく活気にあふれたあの頃である。

   他方、その時代に育った私などは五感で覚えているのだが、大気や河川の汚染が津々浦々に広がり、東京ではゴミ戦争が始まった。下水道は未整備、今の若い人なら「ウォシュレットどころか水洗便所も珍しかった」と言うだけで、3日以上はご遠慮しますと思うだろう。スマホはおろか、コンビニもないのだから。

   出口さんは、誰も見たことがない「本当の江戸時代」を文献やデータから再構成し、下層の死と為政者の責務、という硬派なテーマにフォーカスしていく。江戸マニアらに反論はあろうが、俗説を排し、事実に迫ろうとする姿勢には共感した次第。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。

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