2020年 10月 1日 (木)

プライマリ・ケアとは何か、なぜ必要なのか、我が国に導入できるのか

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■「特集『地域医療・介護の費用対効果分析に向けて』」井伊雅子責任編集「フィナンシャル・レビュー」(2015年第3号)

■「『医療・介護に関する研究会』報告書」財務省財務総合政策研究所(2016年)

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   「特集『地域医療・介護の費用対効果分析に向けて』」(以下「地域医療」)は、二つのモチーフを共有する論文を集めた論文集である。第一のモチーフは、地域医療におけるプライマリ・ケアの導入を中心とする医療供給体制の見直しを推進することである。第二のモチーフは、その見直しを進めるに際し、レセプト・データをはじめとするデータを活用することで費用対効果を高めようという方法論上のものである。

   「『医療・介護に関する研究会』報告書」(以下『報告書』)は、「地域医療」の編集を担当した一橋大学の井伊雅子教授が座長を務めた研究会の報告書である。両者は主要な執筆者を共有している。二つのモチーフは「報告書」に引き継がれており、「報告書」は実質的に「地域医療」の続編の位置づけを持つ。

   今回の評では、読者の多くが日常的に関わるプライマリ・ケアに焦点を当てて論文集を紹介することとし、データの活用については必要な範囲で触れる。

欧州で制度的に確立されたプライマリ・ケア

   プライマリ・ケアについて、我々はまったく知らないというわけではない。それは一次的医療であって、大病院に入院して施される治療とは違うものであろう。いわば町医者のようなところで提供される処置としてイメージされるものであろう。このイメージは間違ってはいない。しかしながら、欧州をはじめとする諸外国におけるプライマリ・ケアは、一段とはっきりと大病院と区別されたものであり、制度的に確立された存在であることを今回の論文集は教えている。

   我が国の医療供給体制の特徴として指摘されることに、フリーアクセスと出来高払いがある。フリーアクセスとは、患者は希望するどの病院でもみてもらえることである。患者は町医者にいくこともできれば、直接大学病院など高度医療を提供する大病院に赴くこともできる。出来高払いとは、医師への支払いが、診療行為の数量に基づいて行わることを意味する。これら我が国で当たり前のことが欧州で定着しているプライマリ・ケアではだいぶ異なっている。まず、アクセスに一定の制約がかけられる。かかりつけ医に相当する家庭医、GP(General Practitioner)に受診し、そこからの紹介状があってはじめて病院にかかることが許される(ゲート・キーパー機能)。GPへの支払いは(実際には様々な支払い方法の組み合わせが模索されているが)典型的には人頭払いや包括払いである。出来高払いは不必要な医療行為をおこなう誘因を医師に与えるが、人頭払いや包括払いでは、医師は必要な医療サービスを効率的に提供しようとするだろう。人頭払いや包括払いはむしろ過少医療の誘因を医師に与えることになるが、「報告書」における井伊論文(第1章「地域医療の支払い制度」)によると、英国では、医師に登録された地域住民の健康状態の改善を担わせ、その実現に向けた報酬を医師に与えることで、この欠点を補おうとしている。医師は登録された各住民の健康状態、病歴を把握し、その把握に基づいて日常的に必要な医療ニーズを満たすべく活動している。我が国では自分の健康状態を把握している医師が存在せず、特に若年層ではそのことが妥当するのであるが、高齢層においても、本当に自分の健康に責任を持つ医師が存在しないのは同じである。プライマリ・ケアのゲート・キーパー機能は、病院にとっても本来取り組むべき重症患者への集中を可能にするというメリットがある。

   個人の健康に責任を持つ医師を定め、定期的な検診を促し、各人の歴史的・全体的な心身の状況に照らして適切な介入をおこなうことのできるメリットは大きい。高齢社会での一般的な疾病は慢性疾患であり、心身の衰えとともに複数の疾患を抱える高齢者に、プライマリ・ケアは適性を持つものと思われる。我が国では地域包括ケア体制の構築が各地で進められているが、プライマリ・ケアの整備は、地域包括ケアを構築する上でコアとなるピースの一つである。財政破綻した夕張での経験に基づく森田洋之氏の報告(「報告書」第9章「夕張市の医療崩壊と市民生活への影響、そこから日本全体の問題を考える」)は、財政破綻後の夕張市において、総死亡の標準化死亡比が変わらないままに老衰による自然死が増加し、一人あたりの医療費の減少等がみられたことを報告している。病院依存から脱却しても、超高齢社会において住民の健康を守ることはできるのであれば、資源制約の一層厳しくなる我が国全体の医療供給体制において、プライマリ・ケアは一段と重要なピースとなるであろう。

   我が国の外来医療では治療内容の標準化が進んでおらず、このことが不要な医療の医師の裁量による供給を生んでいる面がある。最近の報道(日本経済新聞 2019年11月6日)においても、医学的メリットが僅かであるにも関わらず、インフルエンザに対しコストの高いゾフルーザが大量に処方されているとの指摘がある。このような問題も、標準化を通じて妥当な線を見いだす営みを通じ改善を図る余地があろう。

   プライマリ・ケアは医療費の削減に資するのだろうか。「地域医療」における井伊・関本論文(「日本のプライマリ・ケア制度の特徴と問題点」)は、レセプト・データ等を用いて生活習慣病(高血圧・糖尿病)を分析し、生活習慣病の診療には大きな地域差があり、この差は患者の属性等では説明できないことを示唆している。診療所でも病院でも一人あたり外来医療費は、地域の医療密度と強く関連し、診療所での受診間隔も医療密度と関連していた。これらの事実は、医師誘発需要の存在を示唆している。プライマリ・ケアの医療費に与える影響については、さらなる検討が待たれるものの、少なくとも対照的特徴を持つ我が国の制度において相当程度の非効率が存在することを示唆する結果となっている。

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