2024年 5月 4日 (土)

鰻の記憶 松重豊さんは全てを忘れ、明日に向かうために食らう

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非日常の美味さ

   クロワッサンの巻末を飾るこの連載には、編集部の紹介コメントが付いている。

   〈俳優・松重豊さんが紡ぐ、「食の記憶」エッセイ。イラストは、松重さんと親交の深い作家・あべみちこさん。記憶に残る料理には、その時代、その瞬間のドラマ、自分の人生そのものが詰まっている。二人が織りなす奥深い食の世界から、どうぞご一緒に記憶を辿る旅に出かけましょう。〉...チカラの入れようがわかる。

   ちなみに初回は「ポパイとほうれん草」の話だった。面白かったが、「食の記憶」により忠実で、随筆としての完成度が高いのは本作のほうかと思う。

   文中にはウナギ、鰻、うなぎの三種の表記が混在している。「うなぎ」は実際の屋号、吉塚うなぎ屋(明治6年創業)に沿ったものだから変えようがないが、注意深く読むと、生き物としてはウナギ、食材あるいは御馳走としては鰻と、書き分けているように見える。

   読みどころは鰻の位置づけだろう。それは〈芳しい香りと共に努力苦労無念も成仏させ、全てを忘れて明日に向かう食いもん〉だという。つまりは日常をリセットする、非日常の御馳走だと。我を忘れるほどの美味さは他の食材や料理にもあるけれど、鰻には五感を刺激する魔力的な美味さが、確かにある。

   本作には「蒲焼きで食うべきか白焼き山葵で食うべきかそれが問題だ」というハムレット風のタイトルがつく。もちろん、筆者がフェンシングの殺陣を習った舞台にちなんだものだ。編集部が筆者との共同作業を楽しみながら、丁寧にこしらえていることがわかる。

   筆力に見合うこの扱い、松重ファンとして嬉しく思う。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。
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