豆腐の味 角田光代さんはその旨さに目覚め 成長を自覚した

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   dancyu 2月号の特集「豆腐料理」に、角田光代さんが「豆腐と成長」という意味深長な随筆を寄せた。もっとも 風変わりなのはタイトルだけで、豆腐の旨さを理解するにはそこそこ年齢を重ねる必要があるという、ごく常識的な内容である。

「長らく私は豆腐を軽視していた...冷や奴や湯豆腐は、手抜きのための一品だと思っていたし、豆腐のうま煮はかさ増し、豆腐ハンバーグや豆腐グラタンはカロリーダウンのための料理だと思っていた...豆腐に胸の奥で謝罪したのは四十歳になってからだ」

   湯豆腐を旨いと感じたのが転機だそうで、その主たる理由はどうも年齢らしい。

「豆腐のシンプルな味わいをおいしいと思う舌と心を、若き日は持っていなかったのだ...食べものはなんでもそうだが、一度目覚めると、全体的においしくなる。冷や奴もおいしい、豆腐グラタンも豆腐チャンプルーも豆腐チゲもおいしい」

   いちど「猛省」すると、豆腐の喉越し、雑味のなさ、大豆の風味や甘さを感じる工夫、美味しく食べるための料理法などに理解が及び始めたという。おまけに更年期の症状を和らげる効果があるらしいと知り、40代後半からは毎日食べるように。それも 豆腐が主役を張る献立が好みで、もっぱら肉豆腐やたぬき豆腐を楽しんでいるそうだ。

  • この季節 ごはんも熱燗も進む肉豆腐
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きちんと大人に

   冷や奴だけでも筆者のレパートリーは広がり、葱ジャコ奴、キムチ奴、ザーサイトマト奴、青じそたらこ奴と、際限がない。「何をどんなふうに組み合わせてのせても、豆腐はそれを許し、豆腐のまろやかさで包んでくれる」のだ。

   そんな彼女が最近「料理雑誌で見てぎょっとした」一品がある。豆腐半丁を出汁、醤油、味醂で煮てひと晩寝かせるだけ。誌上ではそれを丸ごとご飯に載せて紹介していたとのこと。栄養バランスはさておき、どう読んでも旨そうである。

「見た目の雑駁(ざっぱく)感がすごくて、まず私は作らないだろうなと思ったのだが、ことあるごとに思い出し、あるときとうとう作ってみた」

   私なら、その存在を知った日の晩ごはんに作るかもしれない。

「なんとまあおいしいことか。豆腐の表面はめんつゆ色に染まって、その部分は揚げていない厚揚げみたいな味。なかは白くて、表面とのコントラストであまみが強調される...雑駁どころか、なんとも繊細な変化を味わえる、じつにすごい豆腐料理だった」

   「揚げていない厚揚げ」は未食なので想像するのみだが、不味いはずがない。

   旨い豆腐を知る前の角田さんは「おいしいものはみんな茶色」と信じていた。それは世界共通の真実だと。ステーキ、唐揚げ、天ぷら、お好み焼き、フライドポテト、チョコレート...好物はどれも茶褐色で、カロリーと肩を組んで手招きしていた。

「おろかだった。年齢を重ねても、自分が成熟したとも成長したとも賢くなったとも思わないが、そのおいしいもの観と豆腐観だけは、きちんと大人になったと思う。よかった」
冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。
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