【連載】デジタル中国2023年9月25日に開かれたファーウェイの新商品発表会では、スマートウォッチやタブレット、テレビなど最新技術を詰め込んだデバイスが紹介された。だが、消費者やメディアが最も期待し、注目していたスマートフォンについては完全にスルーされた。8月下旬から9月前半にかけて事前予告なく発売された最新機種「HuaweiMate60」シリーズ。中国ではファーウェイが復活ののろしをあげ、再びアップルのライバルになると大盛り上がりだが、同社は詳細を説明することなく、沈黙を守っている。世界中に衝撃ファーウェイは8月29日、Mate60シリーズの上位版「Pro」の販売を中国の一部店舗やネットで始め、30日にはMate60の通常版の限定販売も開始した。9月8日には最上位版「Pro+」と、折り畳み型「MateX5」も予約販売を始めた。Mate60の販売にはいくつかのサプライズがある。発表会はおろか事前の予告が一切なかったのが一つ。もう一つは同シリーズが5Gに相当する通信に対応しているとみられる点だ。ブルームバーグなどの報道によると、カナダの調査会社・テックインサイツがProを解析した結果、ファーウェイが自社開発し、中国の製造受託会社、中芯国際集成電路製造(SMIC)が製造した7ナノメートルの5G向け半導体チップが搭載されていると結論づけた。このニュースは世界中に衝撃を与えた。なぜならファーウェイとSMICは2019年に米政権が発動した半導体の輸出規制によって、高性能スマホやチップの生産を封じられたからだ。ファーウェイはスマホ生産から撤退していないものの、市場シェアは2019年までの世界2位から、昨年は5位以下に後退している。通信規格の説明は一切なしMate60の発売で米政府は即座に製品の検証に乗り出した。ファーウェイが自力で5Gに対応するチップを調達できるようになれば、現在の規制の実効性は大きくそがれる。ファーウェイも、米国を刺激することは十分承知で発売したのだろう。コロナ禍前、同社は、世界からメディアを招き欧州で派手にスマホの発表会を行っていた。今回のように発売予告を一切しないのは異例中の異例だ。創業者・任正非CEOの長女で輪番会長の孟晩舟氏ら幹部が一同に会する9月20~21日の年次イベント「HuaweiConnect」も、直前になって海外メディアの入場を拒否した。25日の新製品発表会について、ファーウェイ本社の広報責任者は事前取材で「オンラインで行うかどうかはまだ決めていない。オンラインでやるなら海外メディアも当然視聴できる」と話していた。当日は全世界に配信されたが、冒頭で説明した通り、2時間の発表会でMate60への言及は消費者向け事業グループの余承東(リチャード・ユー)CEOが「(需要に間に合うよう)生産を頑張っている」と一言述べただけだった。公式サイトの商品説明欄にも、中国のファーウェイショップの売り場にも、通信規格に関する説明はない。「察して」「買いたい人だけ買って」ということだろう。アップルのライバルになり得るか気になるのは、Mate60シリーズがファーウェイのスマホ事業にどの程度「復権」の機会をもたらし、22日に発売されたiPhone15のシェアをどの程度食うかだ。昨年秋に発売されたMate50シリーズの累計出荷台数は1000万台弱だったが、「アップルの予言者」として知られる天風国際証券のアナリスト郭明錤(ミンチー・クオ)氏は、Mate60Proの出荷台数は年内に550万~600万台に達し、1年後の累計出荷台数は1200万台を超えると予測する。クオ氏は、Mate60Proの需要と市場に対する影響力は大きく、非商業的リスクを考慮しなければ、ファーウェイの2023年のスマホ出荷台数は前年比65%増の3800万台、2024年は少なくとも6000万台に拡大する可能性があるとの見通しを示した。テックインサイツもMate60Proなどの販売が伸び、ファーウェイのスマホ出荷台数は2023年に前年比4割増の3500万台に達すると予測する。ファーウェイのスマホ出荷台数が、ピーク時の2019年には2億4000万台に達したことを考えると寂しい数字だが、スマホ市場が縮小し、アップル以外の各社が販売を落としている中でシェアを伸ばせれば、インパクトを与えられるだろう。また、米ウォール・ストリート・ジャーナルの報道によると、米投資銀行アナリストのマーチン・ヤング(MartinYang)氏は、Mate60シリーズの登場によって、アップルのiPhone出荷台数は2024年に1000万台減少する可能性があると分析した。12日(米東部時間)に発表されたiPhone15シリーズは、中国でも15日に予約受け付けが始まり、アリババのECサイト「Tmall(天猫)」ではiPhone15ProとiPhone15ProMaxの初回分が1分間で品切れになった。発売日の22日、上海のアップルストアでは受け取りに来た人が長い列をつくった。「驚きがない」「熱狂とは程遠い」との評価が多かったiPhone15だが、固定ファンは健在で大こけは考えにくい。だが、ファーウェイが詳細を語らないにもかかわらずMate60がそれなりの戦績を残すことができたなら、アップルの中国戦略は見直しを迫られるだろう。郭明錤氏はX(旧ツイッター)で「ファーウェイの復帰は消費者にとっては良いことだ。アップルは快適な場所から出て、より積極的にイノベーションを発揮するよう迫られることになる」と投稿した。浦上早苗経済ジャーナリスト、法政大学MBA兼任教員。福岡市出身。近著に「新型コロナVS中国14億人」(小学館新書)。「中国」は大きすぎて、何をどう切り取っても「一面しか書いてない」と言われますが、そもそも一人で全俯瞰できる代物ではないのは重々承知の上で、中国と接点のある人たちが「ああ、分かる」と共感できるような「一面」「一片」を集めるよう心がけています。Twitter:https://twitter.com/sanadi37
記事に戻る