国に頼れない将来が訪れたら... 我々の「心構え」が問われている

■「財政破綻後~危機のシナリオ分析」(小林慶一郎編著、日本経済新聞出版社)

■「社会学の力~最重要概念・命題集」(友枝敏雄、浜日出夫、山田真茂留編、有斐閣)


   戦後の高度成長期に総理大臣を務めた池田勇人氏には、戦後初期の大蔵大臣時代の経験を記した「均衡財政」(1952年)という著作がある。1999年に中公文庫の1冊として復刊された。文庫の帯には「敗戦の苦難からの復興過程を述べ米要人との経済交渉の内実を記す」とある。そのはしがきで、「『均衡財政』というものが融通のきかない、頑固な、重苦しいものだ、という世間の人々の感触を、私は知らないわけではない。回復期にある病人は、とかく医者の注意を煙たがるものだし、元気な人は元気にまかせて不摂生をしがちである。しかし、他日を期して、療養に努めることが病人の生きる途であり、実力を内に貯えつつ、生活の規律と節制に心掛けるのが元気な人のとるべき生き方であろう。『均衡財政』は、丁度国民経済というもののそういう生き方である。だから、『均衡財政』は、その時々の情勢に応じて、かなり弾力性のあるものではあるが、根本の気持というか、心構えというものは、一貫して変わらないものなるのである」としていた。

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現代日本の財政状況に警鐘を鳴らす

   このような一流の財政家の透徹した言葉を忘れたかのように、現代日本の財政は、「均衡財政」から大きくかけ離れたところをさまよう。そのような状況に警鐘を鳴らすのが、「財政破綻後~危機のシナリオ分析」(小林慶一郎編著 日本経済新聞出版社 2018年4月)だ。編著者の小林氏は、本書の意義を、(1)将来起きる可能性が少しでもあり、それが生じた場合は甚大な社会的コストが生じる事象への備え、(2)現在の政策論争への問題提起、すなわち、原発事故で皆が痛感した「無謬性のロジック」[われわれは失敗しない(してはいけない)のだから失敗したときのことは考えない]に対して健全な政策論争を行なう、を挙げる。ここで「財政破綻」は、「インフレ率または名目金利が高騰する状態」を指す。

   第2章(財政破綻時のトリアージ)では、気鋭の財政学者の佐藤主光氏や小黒一正氏らが財政破綻した場合、限られた選択肢の中から何を優先して行なうかを検討している。まずは、資金繰りの手当て、その後に、国民生活に直結しない人件費の3割カット、年金の2割カット、高齢者健康保険料の引き上げなどを検討し、シミュレーションを行なう。また、第5章(長期の財政再構築)では、佐藤氏らが、財政の構造改革案を示し、政治・財政当局から一定程度「独立」した財政試算機関の設立、証拠に基づく政策形成、公共サービスコストの「見える化」、財政責任を果たすルールの徹底、税制改革案などを提言する。

やや皮相的な最近の言説に、より深い洞察の必要性を示唆

   編著者がいうように、財政破綻を考え、国に頼れない将来に備えて議論することは、自ら民主主義を鍛えていくということになると思う。

   苦いことではあるが、我々の「心構え」を問われている問題だ。様々な政府の活動による安心・安全などの提供は、空気のようなものだ。この提供は、確かに誰かがコストを負ってくれれば、コストを負わなかった人も恩恵を受けられる。そのため、合理的な人々は、フリーライダー(ただ乗り)となる。財政についていえば、将来の世代につけを回している状況にある。これを分析する学問の1つが、「社会学」である。その研究成果によれば、グループの人数が少ない場合やグループ内のコミュニケーションが可能な場合、コスト負担に協力が得られる。また、このようなフリーライダーを観察した人は、そうでない人よりフリーライダーになりやすいという。しかし、単純な合理性からは皆がフリーライダーになってしまうのに、現実にはそうでもないことがわかっている。

   「これが、社会学です」と銘打って、社会学者の英知を結集し、現在の社会学においても生命力を有する70の項目を解説し、「新しいスタンダード」となる著作が、「社会学の力~最重要概念・命題集」(友枝敏雄ほか編 有斐閣 2017年6月)だ。上述のフリーライダーの説明は、「合理的選択と社会的ディレンマ」(198ページ以下)を参照したものだ。

   他にも「想像の共同体と伝統の想像」(238ページ以下)など興味深い項目がならぶ。「古くからの存在と考えられている伝統には、実は近代に創出されたものが少なくない。ただし、主観的な意味世界のうちでは、これらは近代以前の古いものとしばしば結び付けられている」という。すなわち、「創られた伝統であっても、それには何らかの社会的・政治的機能がある。そのような機能なしには、その伝統が存在することはないだろう」という最新の社会学理論からすれば、例えば、大相撲に関して、実は最近創られた伝統だから、大したことはないというような、やや皮相的な最近の言説について、より深い洞察の必要性を示唆する。座右において、様々な社会現象について参照するのにふさわしい1冊だ。

経済官庁 AK

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