世間と同調圧力 鴻上尚史さんは「謎ルール」の多さで場の空気を測る

   週刊SPA!(10月6日号)の「ドン・キホーテのピアス」で、鴻上尚史さんが同調圧力について論じている。鴻上さんはこの8月、講談社現代新書から佐藤直樹氏(評論家、九州工業大学名誉教授)との対談を起こした『同調圧力 日本社会はなぜ息苦しいのか』を出したばかり。コラムは同著が5刷りを数えた報告とお礼で始まる。

「みんな、コロナ禍で息苦しく、同調圧力を感じているんだなあ、なんとかしたいと思っているんだなあと感じています」

   ただ、アマゾンの感想では最低評価(星1個)をつける人も15%ほど(9月末現在)。鴻上さんによると「同調圧力は日本だけじゃない」「世間はそんなに悪いのか」といった反論があるようだ。

   「なんか、同調圧力が強い日本を強調することが、『反日』だと感じて反発しているように感じられます。『同調圧力』は、政治的立場は関係ないです。右翼にも左翼にも、現れます」...著者によれば、伝統的で保守的な組織、教条主義的で原理原則を守ろうとする組織ほど強く現れる現象だという。そして先の異論の通り、世界のどこにもある。

「ただ、日本の場合、『世間』と呼ばれる日本独特のものによって、『同調圧力』は生まれ、それが人々を強く縛っている...現代の日本においては、伝統的な『世間』は中途半端に壊れていて、『空気』として各所に現れています...『世間』が流動化したものが『空気』なのですが、強制力に違いはありません」
鴻上尚史さんが同調圧力を論じる
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オンラインの上座下座

   極論すれば、日本には世間はあっても社会がない。では、その国で暮らす人々はどれほど強い世間や空気の中で生きているのだろうか。ひとつの判断材料は、〈自分が所属する世界にどれほど「謎のルール」があるか〉だという。

   たとえば、オンライン会議における上座や下座の存在(9月17日付朝日新聞)である。朝日の記事によると、コロナによるリモート勤務の普及を受けて、オンライン会議の「マナー」に関する問い合わせが増えているそうだ。「上座下座」問題のほか、〈部下は先に会議に入り、上司が参加したらいったん退出して、パソコン画面で上司の下に表示されるよう入り直す〉といった「謎のルール」がネットで流布された。

   さらには〈オンライン会議からの退出は上司が先〉〈無表情はダメ〉〈化粧は(対面時の)2割増しで〉といった細かいマナーがネット上で論じられていると。

「これ、まさに『謎ルール』です。あなたの職場が、この『謎ルール』にたくさん従っているとすると、あなたの『世間』はとても強いのです。かなり息苦しいはずです」

   「世間」は神秘や呪術性との相性がよく、その象徴が仲間内の謎ルールらしい。

「学校やお役所、銀行、大企業などに『謎ルール』が多いのは、それだけ『社会』ではなく『世間』が残っている証拠なのです。生きづらい世界だと思います」

旧弊一掃のチャンスなのに

   コロナ禍では、さまざまな場面で同調圧力が語られた。マスク着用や咳エチケットなどの小習慣にはじまり、不要不急の移動の自粛、望まない休業や営業短縮などなど。世間の目を気にして、周囲の空気を読んだうえでの行動が感染予防のスタンダードとなった。同調しない「不届き者」をやり玉に挙げる「自粛警察」も暗躍した。

   同調圧力と相互監視。勝手な行動を許さないムラ社会の残滓が残り、「個」あるいは「個人」が十分に確立していない日本ならではの現象、といえる。もともとあった見えない圧力がコロナで狂暴化し、可視化されたというのが鴻上さんらの見立てだ。

   災害時に暴動や略奪が起きにくいなど、「世間」の存在がプラスに働くこともある。非常時にはムラの掟も悪いことばかりではないのだろう。しかし少数意見や異論、それを唱える少数派の差別、無駄や不合理といった副作用も大きい。そして何より、ひとたび多数派が間違えれば再考や自省の機会はなく、ムラ全体が衰退と破滅に向かう。

   オンライン会議という新たな日常に、早くもあれこれ「謎ルール」がまとわりついているのは象徴的だ。考えようでは不合理な旧弊を一掃するチャンスなのに、そうはならない。新たなルールは、古いものとどこかでつながっているほうが安心なのだ。

   著書のまえがきで、鴻上さんはこう記している。

〈「同調圧力」とは、「みんな同じに」という命令です。同調する対象は、その時の一番強い集団です。多数派や主流派の集団の「空気」に従えという命令が「同調圧力」です〉

   多数派についていって、本当に大丈夫なのだろうか。今いちばん強い集団に従うことが、はたして自分や家族の幸せにつながるのか。そう問い直すことから始めたい。

冨永 格

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