音楽を図る機械、メトロノームの発明

   音楽のテンポをはかる機械に、「メトロノーム」というものがあります。楽器を学んだことがある人なら、1度は使ったことがある定番の装置ですが、もっとも原始的なメトロノームは、振り子の往復運動を利用して、規則正しいリズムをカチカチ刻む仕組みになっています。

   現在では電子式のものも広く普及し、振り子式よりも大幅に小型化されましたし、スマートフォンの時代になってからは、メトロノームアプリも登場しています。それどころか「WEBメトロノームサービス」というものもあり、インターネットブラウザがあれば、どんなデバイスでもメトロノーム代わりになる、という時代が到来しました。

現代の進化したメトロノーム。電子式(左)は旧来の振り子型より大幅に小型化され、今やスマホアプリ(右)も数多く存在する
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自分の感じる「時間」を味わいたい

   以前にも取り上げたように、音楽におけるテンポは、人間的な感覚の「時間」から来ています。人間の体内時計では、1日は25時間のほうが良いそうで、現在我々は地球の公転から計算された1年、それを分割した1日、そしてそれを分割した1時間や1秒に「あわせて」生活していますが(しかも、天体の運行は微妙に端数が出るため、現在は原子時計の「1秒」を元にすべての時間が規定されています)、それは、人間が自分の中に感じる「時間」ではなく、宇宙や地球の時間の「速さ」に自らを合わせているに過ぎません。だからこそ、人間の創造力で作られる音楽では、その速度を「速さ」とは言わずに、「テンポ=時間」と表現するわけです。自分の感じる時間を味わいたい、そんな動機が音楽を作る原動力のひとつなのかもしれません。

   古代から中世そして近代に至っても、人々は通常の生活時間でさえ、それほど正確な時計を必要としませんでした。音楽においても、テンポは機械で計測されるべきものではなかったのです。今でも、音楽の速さに関する楽語はアバウトなもので、演奏家の裁量の余地がかなり残されています。さらに、数百年前と現代では日常の時間感覚も違うので、おそらく同じ楽語、たとえば「アレグロ=速く」と書かれていても、昔と今では解釈は異なる可能性もあります。

1814年に発明

   しかし、作曲家が、「職人」から「芸術家」になった古典派後期の時代、作曲家が、「自分の考えた正確なテンポで演奏家に演奏してもらいたい!」という欲求が高まり、メトロノームが普及するのです。

   メトロノーム発明の背景には、正確に時間を刻む時計が必要でした。大天才ガリレオ・ガリレイが振り子の振動の周期に関する研究をし、それを参考としたオランダのクリスチャン・ホイヘンスが、1656年、1日の誤差が数秒、という振り子式時計を発明します。振り子の似たような性質を利用していますが、メトロノームが発明されるのはそれからざっと150年後、1814年のことでした。同じオランダの、ディートリヒ・ニコラウス・ウィンケルという人がついに、「音楽の時間を正確に測り、規定する」装置を発明したのです。

   しかし、ドイツの技師、ヨハン・ネポムク・メルツェルが彼の技術を盗用し、2年後に自分の発明として特許を取得してしまい、「メトロノーム」という名前もここで誕生します。この件は裁判になり、メルツェルが負けていますから、彼がアイデアを盗んだのは間違いないことのように思われます。

ベートーベンの「革命」

   けれども、メルツェルにはすごい友人がいました。自称、「自分の発明したメトロノーム」を彼に披露したところ、「これは作曲家の考えたテンポを、演奏者に正確に知らせるまたとない装置である!」と興奮して、それ以後、自作の楽譜にメトロノーム表示を書き入れるようになったのです。

   残念ながら初期のメトロノームはテンポの刻みが正確でなく、後世の演奏家は、その「疑問だらけのテンポ表示」に悩まされることになるのですが、この作曲家が、とにもかくにも「メトロノーム」という装置を自作の速度表示に活用したため、この装置の名前が一般化し、メルツェルが発明者だと言う説が定着し、以後の作曲家も、「レント」や「アレグロ」などの伝統的なテンポ表示の他に、メトロノームを使った表示を「4分音符=120」のように書き入れるようになったのです。

   メトロノームを定着させたこの作曲家こそ、今年生誕250周年を迎えた、ルートヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェンその人です。彼の進取の気性は、音楽の形式や内容だけでなく、テンポ表示においても革命を成し遂げていたのです。

本田聖嗣

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