ウィルコム中興の祖 突然退任の「なぜだ」
PHS最大手、ウィルコムが2006年10月10日に発表したトップ交代人事が業界で波紋を広げている。携帯電話に押されて「サービス自身が消滅するのでは」(総務省幹部)とも言われた同社のPHS事業を約400万人のユーザーを集めるまでにV字回復させた「中興の祖」である 同社は「既定路線の若返り人事」と説明するが、八剱氏は直前までインタビューなどで「PHSの技術にさらに磨きをかけ高速化の努力をする」と経営に意欲を見せており、唐突感は否めない。業界では「筆頭株主の米大手投資ファンド、カーライルグループと株式上場問題で対立し、更迭されたのでは」(携帯電話会社幹部)との見方も出ている。 07年10月の上場に向けて準備が進んでいた![]() 「スマートフォン」はヒットしたが…
八剱氏は日本IBMに21年間勤めた後、日本AT&T社長や日本テレコム副社長を経て、ウィルコムの前身、旧DDIポケットに移り、社長として経営再建を陣頭指揮してきた。八剱氏のトップ起用は、04年6月に京セラと共同で約2,200億円を投じて旧DDIポケットを買収したカーライルのヘッドハンティングによる。カーライル側は八剱氏に対して「うちはハイエナファンドではない。この会社が良くなるまでじっくり経営の建て直しに取り組んでください」と約束したという。 カーライルはあくまで早期の上場にこだわった?これに対し、八剱氏はウィルコムPHSへの音楽ダウンロード機能やおサイフケータイ機能の搭載、PDAへのリナックス採用など一層の商品・サービス拡大を優先したいとされる。これらの端末・サービス充実で一般ユーザーにさらに浸透すれば、上場時の株式価値も格段に上がると考えていたようだ。しかし、投資資金の回収にシビアなカーライルはあくまで早期の上場にこだわり、八剱氏の拡大路線に対しては「これ以上営業コストをかけるより、1年後の上場に向けて財務健全化を進めるべきだと反発していた」(関係筋)といわれ、「八剱氏の事業意欲は資本の論理の前に押し切られた」(業界筋)ようだ。
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