2024年 4月 19日 (金)

世界にはユニクロ以外の「答え」がある 労働者の視点も忘れるな
~『ユニクロ帝国の光と影』著者・横田増生氏に聞く~

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   かつてアマゾンジャパンの物流倉庫にアルバイトとして入り込み、知られざる労働環境の実態を『潜入ルポ アマゾン・ドット・コム』(朝日文庫)で初めて明らかにした、フリージャーナリストの横田増生氏。今回のターゲットは、日本の勝ち組企業の代表であるファーストリテイリング(以下ユニクロ)と、それを率いる「カリスマ経営者」柳井正社長だ。

   2011年3月に発行された『ユニクロ帝国の光と影』(文藝春秋)は3万部を超える勢いで、企業ノンフィクションとして久しぶりのヒット作となった。取材を通じた感想などについて、著者に話を聞いた。

独自取材で分かった「中国工場の長時間労働」

横田増生氏。1965年、福岡県生まれ。関西学院大学卒業後、予備校講師を経て米アイオワ大学大学院を卒業。物流業界紙で編集長を務めた後、フリーのジャーナリストとなる
横田増生氏。1965年、福岡県生まれ。関西学院大学卒業後、予備校講師を経て米アイオワ大学大学院を卒業。物流業界紙で編集長を務めた後、フリーのジャーナリストとなる

――前著で取り上げたアマゾンと今回のユニクロでは、どういう違いがありましたか

横田 アマゾンは徹底した秘密主義で、情報がほとんど外に出ておらず、潜入という手法から始めざるを得ませんでした。一方のユニクロは、柳井さんの著書や企業研究など「ユニクロ本」が数多くありますし、新聞や雑誌の記事などを含めると非常に多くの情報があふれています。その点が異なりますね。
   しかし、外に出ている情報だけでユニクロの姿がすべて見えるかと言うと、必ずしもそうではない。本や資料を読んでみると肝心の知りたいところが書かれてないところもあり、会社として見せたい部分しか見せていない感じがします。間違った情報は流してないけれど、現在のパブリックイメージは一面的だという気がします。

――どういう側面が明らかになっていなかったのでしょうか

横田 物流を含むビジネスのシステム全般ですが、特に中国の工場に関することですね。柳井さんに1度だけ直接インタビューできたのですが、プライベートのことを含めて色々と話をしてくれる、穏やかで気さくな方なんですよ。しかし、中国の工場を見せて欲しいとお願いすると、「それは絶対にダメ」と非常に厳しい表情になった。経営者としての厳しい顔を垣間見た気がしました。
   「米流通最大手のウォルマートやスペインのアパレル会社ZARAでも、現場を見せてくれます」と粘ってはみましたが、それでも応じてくれなかった。広報も柳井さんの意向を受けて、非常にガードが固いです。一部の大手マスコミには工場名などを明かさないなどの条件をつけて工場を取材させているようなのですが。

――そこで、独自に中国の生産工場を探し当てて取材したのですね

横田 取材先を見つけるのに1か月くらいかかり、2週間かけて現地取材をしました。取材の事前の申込では何社も断られて、結局は2社しか事前にOKをもらえず、あとは飛び込み取材でした。運よくモデル工場のひとつが取材に応じてくれて、ユニクロからの厳しい要求に対する不満を聞くことができました。
   その工場では欧米の一流メーカーからの仕事も請け負っているのですが、他社が長時間労働をさせないよう厳しく労務管理をさせているのに対し、ユニクロは厳しい品質や納期を優先させる。ときには徹夜でアイロンがけをせざるを得ないこともあったと聞きました。利益もユニクロの仕事からは上がらず、他社から上げていると言っていました。
   もちろん、発注量は大量だし不当な値引きはしないし、支払い期限は守ってくれるしと、工場にとって好条件もあるから応じるわけですが。ユニクロが直接強制していない部分もあるかもしれないし、労働現場をチェックする難しさもあるけれど、実態としては問題があるように思えました。広報は否定していますが、私は実地で確認していますから。

「称賛する人は、自分もそこで働きたいと思うのか」

「もう1つ、企業を選んで『光と影』3部作にしようかなと」(横田氏)
「もう1つ、企業を選んで『光と影』3部作にしようかなと」(横田氏)

――国内店舗の過酷な労働環境についても、退職者などから証言を集めています

横田 現役の方はもちろん、辞めた方々も口が堅かったのですが、それでもどうにか話を聞くことができました。店舗ではガチガチの「マニュアル化」が徹底され、柳井さんの「鉄の規律」が浸透していることが分かります。いわゆる21世紀的な新しい会社イメージの裏側には、過酷なハードワークの現状があったわけです。
   柳井さんは『一勝九敗』に「当社の店長とは知識労働者だと考えている」と書き、「平均でも、1000万円以上取ることはできると思う」「3000万円の年収は可能だ」と書いています。巷では「さすがユニクロ」と言われ、経済誌が称賛するわけです。
   しかし実際に、柳井さんにその部分を確認すると、年収1000万円や3000万円に該当する人は限られた一部の「スーパースター店長」やフランチャイズ店のオーナーであることがわかりました。多くの店員は年収600万円前後で、マニュアルに縛られた中で、長時間労働をこなしている実態は、これまでほとんど活字になることはありませんでした。ユニクロ単体の人件費で見れば、売上高比で10%程度に抑えられています。

――後継者と目されていた澤田氏(元副社長)は02年に社長になってくれという柳井さんの要請を辞退してユニクロを去り、その後、社長になった玉塚氏も05年には事実上更迭されました

横田 柳井さんはこれまで、自著やいろいろな雑誌記事などで、ユニクロの経営を家族以外の後進に譲りたい、と言っておきながら、なかなかそれを実行に移す気配は見えません。そればかりか、最近の雑誌のインタビューに答えて、できるだけ自分でやりたい、と言っています。また柳井さんの周囲には、もしかすると息子に譲るかもしれない、という声まである。本当に「ぶれない経営」なのでしょうか。
   05年に柳井さんが社長に復帰した際も自分の会社を「ベンチャースピリッツを忘れ、大企業病に陥った」と酷評していますが、「ハートの通った人材開発」を掲げた当時の玉塚社長を評価する人も社内外で少なくなく、社長交代に合理的な理由があったのかどうかも疑問が残ります。
   「後継者は会社の勝手」なのかもしれませんが、発言単体では筋が通っているように見えても、時系列に並べて分析してみると、矛盾した部分が少なくないことは知っておいていいでしょう。公開企業として、これはどうなのか。ダイエーの中内さんなど、カリスマ経営者が後継者問題で会社を傾けた例は少なくない。『一勝九敗』や『成功は一日で捨て去れ』などの発言を鵜呑みにすることなく、「検証」をしながら読んでいただきたい。

――しかしこれまでの新聞や雑誌の書評では、本書がはじめて明らかにした部分について、「問題ではない」どころか「影ではなく光だ」とユニクロに好意的な読み方をする人たちもいます

横田 私は事実に基づいて書いているので、それを光と読もうが影と読もうが、基本的には読む人の判断に委ねます。しかし、「光」と読んだ人たちは、自分がそのような労働環境で働きたい、働いてもよいと思っているのでしょうか。
   彼らが「ここまでやらないと業績は上がらないのかと納得」というとき、自分がそんなところで働くわけはない、と他人事で評しているように見えます。「経営の基本に忠実」と書いた方は、これを読んだ学生が本当にユニクロで働きたいと感じると思っているのでしょうか。利益を追い求める企業経営の視点だけなら、私がユニクロの「影」として書いた部分も「光」に見えるのかもしれませんが、働く人間の視点から見れば同じ内容が違った意味を持って見えてくると思います。

スペインのライバルは「8割が正社員」

「新しい業態でグローバル企業を目指す人たちに参考にして欲しい」
「新しい業態でグローバル企業を目指す人たちに参考にして欲しい」

――働く人が「顧客第一主義」に翻弄される姿は、前著でも描かれていました

横田 アマゾンの物流倉庫で働く人と同様、ユニクロが生産を委託している中国工場の人たちも、自分たちが作っているのがユニクロという企業の製品であることを知らない。もちろん、買ったり着たりしたこともないし、それだけの収入もないわけです。
   「消費者として利益を享受できればいいじゃないか」と言う人もいます。しかし、私たちは消費者たる前に「労働者」としてお金を稼がなくてはならない。消費者と労働者、この2つを完全に切り離して考えることは難しい。
   今日私が着ているポロシャツもユニクロで買ったものですが、自分が労働者の側になりうることを考えると、これがどうやって出来てきたのか、どんな人たちが働き、どんな思いで作っているのか、ということを知っておくことは大事なことだと思うのです。

――本書では、ユニクロのライバルと言えるスペインのZARAも取材しています

横田 21世紀のグローバル企業のあるべき姿は、ユニクロのようなやり方だけではないということを確認したかったためです。もし、ユニクロ的な手法でなければグローバル経済の中で生き残れないならば、いまある問題も仕方ないのかもしれない。
   ZARAは小売業出身のユニクロやGAPと違い、製造業出身のSPA(製造小売業)ですが、売上はユニクロの1.5倍で、8割が正社員。人件費比率も高いが、それでも同じような利益を生み出している。ユニクロはグローバル企業として分かりやすい形を取っていますが、それだけが唯一の答えではないということです。

――「グローバル企業は人件費の安い海外に発注するもの」とは限らないのですね

横田 これから中国の人件費が上昇すれば、次はバングラデシュやベトナムなど更に安い人件費の国に順番が回っていく。しかし、労働の現場が本国から遠くなればなるほど、実態感覚がなくなる。消費者が一度味わった便利さや低価格を手放すのは難しいけど、自分が労働者の側になりうると考えるのであれば「便利だから」の一言でうまくいくのか、という感はぬぐえませんね。
   ナイキやアディダスといった欧米の企業は、90年代から「児童労働」や「長時間労働」などの問題でマスコミやNGO(非政府組織)から叩かれた苦い経験があり、ブランドイメージが大きく損なわれたので、いまは厳しい基準を設けてやっています。しかし、日本企業の場合はどうなのか。
   現在のユニクロのビジネス・モデルは、80年代後半からはじめたSPAのノウハウを土台にしているのですから、いまさら急に「変われ」と言っても無理な部分がある。しかし、これから新しい業態でグローバル企業を目指そうとする人たちには、「世界には別の答えがある」ことも知って欲しいと思います。
横田増生:ユニクロ帝国の光と影
横田増生:ユニクロ帝国の光と影
  • 発売元: 文藝春秋
  • 価格: ¥ 1,500
  • 発売日: 2011/03/23
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