低分子コアセルベートの内部構造を分子レベルで解明
記事配信日:
2026/02/04 14:00 提供元:共同通信PRワイヤー

岐阜大学
低分子コアセルベートの内部構造を分子レベルで解明
本研究のポイント
・ 液–液相分離により液体性の高い構造体「コアセルベート」を形成する新たな低分子化合物(コアセルベート形成分子)を開発しました。
・ 還元刺激によって分解できるコアセルベートの開発に成功しました。
・ コアセルベート形成分子の僅かな化学構造の違いが構造体表層と内部の不均一性を生むことを分子レベルで解明しました。
研究概要
岐阜大学高等研究院 東 小百合特任助教、自然科学技術研究科修士課程2年生の藤本 竜太郎さん、工学部 化学・生命工学科 池田 将教授らの研究グループは、低分子化合物からなる新たな刺激応答性コアセルベートを開発し、同大学 糖鎖生命コア研究所 (iGCORE) の廣澤 幸一朗特任助教、鈴木 健一教授、名古屋大学大学院 情報学研究科 金丸 恒大博士、吉田 紀生教授と共同で、1分子イメージング技術および分子動力学シミュレーションを駆使し、コアセルベート形成分子の僅かな化学構造の違いが構造体表層と内部の不均一性を生むことを分子レベルで解明しました。
本成果は、低分子化合物を用いたコアセルベートの合理的分子設計を提案し、生体機能材料や高度なコアセルベート型人工細胞の構築に向けた基盤を提供するものです。
研究成果は、現地時間2026年2月1日に学術雑誌「JACS Au」のオンライン版 (Open Access) で発表されました。
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本研究の概要図
研究背景
生体内では、液–液相分離注1により生じる膜を持たない液滴状の区画「コアセルベート注2」が、細胞内での機能制御や分子反応の場として重要な役割を果たしています。従来のコアセルベート研究は、高分子からなる複雑な集合体が中心でしたが、近年では、生体適合性や刺激応答性を精密かつ簡便に制御できる低分子化合物によるコアセルベート形成が注目されています。低分子は分子設計の自由度が高く、人工細胞注3など機能性材料としての応用が期待されています。しかし、「どのような化学構造がコアセルベート形成に適しているのか」、また「分子構造の違いが内部環境にどのような影響を及ぼすのか」といった基礎的理解は十分に確立されていませんでした。特に、コアセルベート内部の水和状態や流動性などのマイクロ環境が、コアセルベートを形成する分子の僅かな化学構造の違い (NO₂の有無や二重結合の有無) によりどのように変化するのかは明らかになっていませんでした (図1)。
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細胞機能の解明や新規の機能性材料の創出に向け、細胞内構造体「コアセルベート」を化学的に模倣する研究が世界中で盛んに行われている。
研究成果
本研究では、疎水性部位 (ステッカー; NPmoc, Pmoc, cHex) を親水性スペーサー(OEG) で連結した3種類の低分子化合物 OEG-bis-X (X = NPmoc, Pmoc, cHex) を設計し、それらの化学構造がコアセルベート形成と内部環境に与える影響を分子レベルで解析しました。いずれの化合物も水中で直径数µmの球状構造体を形成し、含水率は約40–70%と高く、さらに構造体同士の融合現象も確認されたことから、典型的な液体性コアセルベートであることが示唆されました (図2)。詳細な物性比較の結果、ステッカー構造の違いが内部環境を大きく左右し、含水率および分子拡散速度はいずれもPmoc > cHex > NPmocの順で増大しました。すなわち、Pmocコアセルベートは最も水和が進み流動性が高いのに対し、NPmocコアセルベートはより高粘性で分子運動が制限されていることが明らかとなりました。
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また、NPmocコアセルベートでは、還元剤によりニトロ基が還元されるとコアセルベートが短時間で崩壊し、内包したゲスト分子が放出されることを確認しました(図3)。この結果は、開発した低分子コアセルベートの刺激応答性薬物徐放キャリアとしての新たな応用可能性を示しています。
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a) OEG-bis-NPmocは還元剤 (亜ジチオン酸ナトリウム) に反応し、図に示す機構に従ってNPmoc部位がスペーサーから脱離する。
b) 蛍光性ゲストを内包したNPmocコアセルベートに還元剤を滴下し、蛍光顕微鏡下で構造変化を追跡した。その結果、コアセルベート構造は20分以内に消失することが確認された。 (スケールバー: 10 µm)
次に、蛍光プローブをゲスト分子として添加し、コアセルベートの内部環境に依存した分配挙動を評価しました。疎水性色素は全てのコアセルベートに高効率で取り込まれた一方、親水性色素は全てのコアセルベートから排除され、中間的な性質の色素はステッカー部位の化学構造に応じて取り込み量が大きく異なりました。さらに興味深いことに、分子量の異なるテトラメチルローダミン (TMR)注4修飾デキストランの分配挙動を比較したところ、中程度のサイズ (Mw ≈ 70,000) のデキストラン注5は、Pmocコアセルベートでは内部に取り込まれるのに対し、cHexコアセルベートでは内部ではなく表面に蓄積するという顕著な違いが観察されました(図4a)。この分配挙動の違いを明らかにするため、全反射蛍光顕微鏡 (TIRFM)注6による1分子イメージング解析を行ったところ、cHexコアセルベートの表面ではTMR-デキストランの滞在時間が長く、側方拡散も著しく遅いことが示されました (図4b–c)。
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a) OEG-bis-NPmocまたはOEG-bis-cHexからなるコアセルベートはいずれもTMR-デキストランを取り込むが、その内部への取り込み挙動はデキストランの分子量に依存した。Pmocコアセルベートは分子量約70,000のTMR-デキストランを内部に取り込む一方、cHexコアセルベートでは表層への集積に留まる様子が蛍光顕微鏡により確認された (スケールバー: 10 µm)。
b) コアセルベート表層におけるTMR-デキストラン1分子の挙動を全反射蛍光顕微鏡 (TIRFM) を用いて1分子イメージングした。その結果、cHexコアセルベート上では、Pmocコアセルベート上と比較して、同一位置における滞在時間が顕著に長いことが観察された (代表例: Pmoc上: 16 ms, cHex上: 530 ms, スケールバー: 5 µm)。
c) b) に示した1分子挙動の定量解析結果。cHexコアセルベート上では、Pmocコアセルベート上と比較して、解離速度定数 (koff) が顕著に低下した。
d) コアセルベート表層にTMR-デキストランが集積する条件下では、コアセルベート同士の融合が抑制されることが観察された。
e) 遠心操作による加圧後においても、各コアセルベートは一定のサイズを維持していた。(スケールバー: 30 µm)
さらに、全原子分子動力学シミュレーション (AAMD)注7から、cHexコアセルベートではステッカー部位が局所的に集まった疎水クラスターが存在することが明らかとなり、コアセルベート内部および界面での構造の不均一性が示されました。また、種々の実験結果から、cHexコアセルベート表面に蓄積したTMR-デキストランは保護層として機能し、コアセルベート同士の融合を抑制することでサイズ安定性を向上させる効果も示しました (図4d–e)。他の研究グループから過去に報告されている高分子系コアセルベートでは、TMR未修飾のデキストラン自身が保護層を形成する例が報告されていました。それに対して、本研究ではTMR修飾基がアンカーとして働くことでデキストランの局在が制御されている点が新たな発見です (図4d)。したがって、本研究は、低分子コアセルベートの界面構造や融合挙動を、TMR修飾高分子を用いた新規な方法論で制御できることを示し、さまざまな機能性高分子を提示したコアセルベートなど人工細胞材料設計に新たなアプローチを提供するものです。
今後の展開
本研究により、ステッカー構造の僅かな違いが、内部の水和や粘性、さらには内部・表面の構造不均一性といったマイクロ環境を根本的に変化させることが明らかとなりました。これは、低分子コアセルベートを目的に応じて精密に設計するための重要な指針となります。今後は、ステッカーおよびスペーサー部位の化学構造の最適化により、酵素反応の促進、選択的分子濃縮、(薬剤)分子の刺激応答放出制御といった高機能化をさらに推進するとともに、細胞内小器官の機能を模倣する人工細胞材料への応用展開を進めていく予定です。また、界面での高分子の選択的集積現象を活用することで、複数の機能性区画を自在に組み合わせた「多階層人工細胞」の構築にもつながると期待されます。本研究は、低分子材料を基盤とする新しい人工細胞・ソフトマテリアル設計の可能性を切り開くものです。
用語解説
注1 液–液相分離 (Liquid–liquid phase separation)
均質な液体が条件に応じて成分濃度の異なる二つの液相に分かれて共存する現象である。液–液相分離は従来、材料科学や高分子化学分野で研究されてきたが、近年、生命科学分野においても重要な現象として注目されている。
注2 コアセルベート
液–液相分離によって生じる、膜を持たない液体状の微小な区画 (液滴)。生体内小器官(ストレス顆粒など) にも見られ、分子濃縮や反応促進・抑制などの機能を持つ。
注3 人工細胞
生きた細胞の構造や機能を人工的に再現したシステム。脂質膜で囲まれたものや、膜を持たない液滴 (コアセルベート) を用いたものなどがあり、生命現象の理解や医療応用につながる。
注4 テトラメチルローダミン(Tetramethylrhodamine; TMR)
オレンジ〜赤色に蛍光を発する色素分子。
注5 デキストラン (Dextran)
グルコースが連なった高分子(多糖)。分子サイズの指標によく利用される。
注6 全反射蛍光顕微鏡(Total Internal Reflection Fluorescence Microscopy; TIRFM)
試料表面近くの極薄い領域(約100–200 nm)のみを選択的に励起できる顕微鏡技術。表面に吸着した分子の1分子観察に適しており、分子の滞在時間や動きを解析できる。
注7 全原子分子動力学シミュレーション (AAMD)
原子一つ一つの位置と相互作用を計算し、分子集合体の動きや構造をシミュレーションする手法。実験では観測が難しい内部構造や相互作用を原子レベルで理解できる。
論文情報
雑誌名:JACS Au
論文タイトル:Sticker-Spacer Molecular Design Controls Coacervate Formation and Internal Microenvironments in Low-Molecular Weight Compounds
著者:Sayuri L. Higashi,* Koichiro M. Hirosawa, Ryutaro Fujimoto, Kodai Kanemaru, Norio Yoshida, Kenich G. N. Suzuki, Masato Ikeda*
DOI: 10.1021/jacsau.5c01238
本研究に関連する過去のプレスリリース
• 2024年12月24日
金属酵素の活性制御を応用して人工細胞の運命制御に成功
https://www.gifu-u.ac.jp/news/research/2024/12/entry24-13647.html
• 2021年7月27 日
世界最小クラスのアミノ糖誘導体から還元反応によって溶けるゼリー状物質を開発
https://www.gifu-u.ac.jp/news/research/2021/07/entry27-10925.html
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