2021年 9月 25日 (土)

最高学府はバカだらけ この現実どうするのか
(連載「大学崩壊」第1回/大学ジャーナリスト・石渡嶺司さんに聞く)

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「英・国・社のうち、どれか1教科だけでOK」という入試制度

――劣化が始まったのは、いつごろでしょうか。

石渡:   ひとつの目安は、高校のカリキュラムのもとになる、文科省の学習指導要領の改訂だと思います。数年前に「ゆとり教育」の第1世代目が社会人になって問題化していますが、その1世代前の改訂でも、すでに内容はスカスカと言ってもいいようなものでした。
   例えば、「スカスカ」になる前の学習指導要領では、社会であれば、地理・世界史・日本史の3教科が必修でした。今の高校生で、この3教科を履修している人は、必ずしも多くはないでしょう。
   必修科目が減ったことで、基礎的な素養を身につける機会が失われた面があります。必修科目が減った分、増えたのは「家庭科」「情報」といったもの。それぞれの科目自体には意義はあるのでしょうが、どうしても「その場しのぎ」の感がぬぐえません。例えば、「情報」では、情報リテラシーを身につけさせることがミッションだとされていますが、必ずしも上手くいっている訳ではありません。むしろ、「情報機器の扱いには長けているが、リテラシーは身についていない」という状況なのです。「総合的学習の時間」にしても、学校側が枠を持て余しているというケースが多い。

――その他に、質を低下させている理由は?

石渡:   入試制度ですね。以前と比べると、明らかに易しくなっています。これが、学生の質を劣化させています。少子化が進行し、大学間競争も激化していることが背景にあります。多少、大学進学率が上がっているとはいえ、大学の数は1955年には228校だったものが1990年には507校、09年4月時点では775校。明らかに増えすぎ。その結果、大学としては「何としても受験生・学生を確保したい」となる。それで、推薦入試だけでなく、一般入試も易しくなっていく。具体的には、私立文系であれば、受験科目が「英語・国語・社会」だったのが、社会がなくなって「英語・国語」になる、といった具合です。国語であれば「漢文や古文を抜く」ということになります。極端な話だと、「英・国・社のうち、どれか1教科だけでOK」というケースさえあります。
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