あんな五番街を見たのは、初めてだった。マンハッタンの中心を南北に貫く大通りの中心部が、人とプラカードで埋め尽くされた。私は、アメリカ人の友人たちと待ち合わせ、彼らのひとりから手渡された小さな星条旗を手に、数十万人とともにトランプタワーへ向かって行進した。大統領就任式の翌日(2007年1月21日)に行われたWomen'sMarch(女性の大行進)。もともとワシントンDCで企画されたこの草の根の運動は、ニューヨークをはじめ全米各地、そして世界中に広がった。デモの女性が「猫耳帽子」をかぶる理由「こんな大規模な反対運動は、ベトナム戦争以来、見たことがない」とその時代を知る人たちは、口をそろえる。主催者らはこのデモについて、「女性の権利を人類の権利とし、さらに広く、移民、人種、性的少数者、宗教、環境保護、ヘルスケアなどに関する法律や政策において、人権と公正が守られるように」連帯して声をあげるもので、「具対的にトランプ新政権を批判するのが目的ではない」としていた。が、当日は、女性や移民、マイノリティ(少数者)に対するトランプの発言が差別的である、と抗議する人たちで、五番街はあふれた。「Sayitloud!Sayitclear!Immigrantsarewelcomehere!(大声で言おう! はっきり言おう! ここで移民は歓迎、と!)」「DonaldTrumphasgottogo!Heyhey,hoho!(ドナルド・トランプは去るべきだ! ヘイヘイ、ホーホー!)」「Thepeopleunitedwillneverbedefeated!(団結する人々は、決して負けない!)」誰かが声をあげると、皆が一緒になって大声で繰り返す。男性や家族連れも多い。車椅子で行進する女性もいた。この街で生まれ、ここにずっと住み続けてきた88歳の女性は、生まれて初めて行進に参加したという。「品のかけらもないトランプに、私の国を代表してほしくはない。ここに来て、声をあげずにはいられなかったのよ」 大行進では、女性器を表す卑語「pussy(プシー)」が、盛んに飛び交っていた。以前、トランプが男同士の会話で、「スター(人気者)には、女は何だってさせるさ。あそこをつかむ(grabthembythepussy)んだって、何だって」と口にしたことに対する抗議だ。多くの女性たちが、猫耳の付いたニット帽「pussyhat(プシー・ハット)」を被って参加した。「pussycat(プシー・キャット)」は「子猫ちゃん」という意味があるからだ。仕事仲間と参加したグラフィックデザイナーの男性(32)は、「トランプは自分のことしか考えてない。恐怖をあおり立てて、支持を得ているだけだ」と激しく批判する。生後8か月の赤ちゃんにお乳をあげながら歩く若い母親は、「トランプ氏、この子の将来はあなたにかかっています」と書かれた大きなサインを首にかけている。「アメリカはまさに、こんな国だ!」私は人込みを抜けて、五番街に面する高級ブランドショップへ入ってみた。店内に客は1人もいない。暇な店員たちが2階の窓から大行進を見下ろしている。 イタリア系の60代くらいの男性店員に、「商売上がったりね」と私が声をかけた。「まったくだ。いつも土曜日の今頃は、客でいっぱいだよ。ま、仕方ないさ。彼らにはデモする自由がある。私はトランプを支持した。でもヒラリーはとてもいい人だよ。ここの顧客だから、時々、見かける。もう、トランプが私たちの大統領なんだ。失望した人たちはいるが、彼にチャンスを与えてやらなきゃ」無数の小さな人の波が、「ShowmewhatAmericalookslike!(アメリカがどんな国か、見せてくれ!)」、「ThisiswhatAmericalookslike!(アメリカはまさに、こんな国だ!)」と叫びながら少しずつ前進していく様子を眺め、まさにこれがアメリカ、これがニューヨークだと思う。「商売は困ったもんだが、デモはこれから何度もあるだろう」 そう言って、店員はほほ笑んだ。私は店を出て、行進を見守る警官に「五番街で別のデモが予定されているの?」と尋ねた。「今日ってことか? それともこの先4年間で、ってことか?」警官も私も思わず、苦笑した。これからトランプが任期を終えるまで、激動の日々が続くと、彼も覚悟している。「I'mallforit.」(俺は全面的にデモを支持するさ) そう言うと警官は、笑顔で右の親指を立てた。(敬称略。随時掲載)++岡田光世プロフィール岡田光世(おかだ みつよ) 作家・エッセイスト東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計35万部を超え、2016年12月にシリーズ第7弾となる「ニューヨークの魔法の約束」を出版した。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。
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