2018年 6月 23日 (土)

保阪正康の「不可視の視点」 
明治維新150年でふり返る近代日本(1) 
「四つの国家像」、どれを選ぶべきだったか

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   1868年の明治改元から150年を迎える2018年、この150年を捉え直そうという動きが相次いでいます。J-CASTニュースでは、ノンフィクション作家の保阪正康さんによるネット初の連載、「不可視の視点」を始めます。幕末から明治維新にかけて、日本には四つの国家像がありえたと説く保阪さん。歴史にあえて「イフ(if)」を持ち込むことで、多様な角度から明治150年を読み解きます。


   今年(2018年)は、明治維新から150年である。政府関連の行事もあるようだが、私たちはいま官製の視点とはまったく異なった見方で近代日本をふり返ってみることが必要であろう。

   私たちは、この150年をどのような枠組で時代区分をするか、あるいはどういう見方で全体像を俯瞰するか、多様な見方で捉え直してみるべきではないか、と思う。単純な見方をするならば、大日本帝国下の軍事主導体制の77年と、太平洋戦争の敗戦による戦後民主主義体制の73年とに二分されているという解釈があるだろう。あるいはドラマツルギーの手法を用いることになるが、<起承転結>といった時代区分もある。明治天皇の時代を<起>に、大正天皇の期を<承>、昭和天皇の波乱の時代を<転>とし、平成の天皇は<結>の役割を果たしたとの見方である。

  • ノンフィクション作家の保阪正康さん
    ノンフィクション作家の保阪正康さん
  • ミズーリ号上で行われた無条件降伏文書調印式でスピーチする連合軍最高司令官のダグラス・マッカーサー元帥。背後には「黒船来航」時の星条旗が飾られている
    ミズーリ号上で行われた無条件降伏文書調印式でスピーチする連合軍最高司令官のダグラス・マッカーサー元帥。背後には「黒船来航」時の星条旗が飾られている

150年を「起承転結」で読み解く

   いやこの150年をアメリカを軸にしてみるならどうなるだろうか。私の見立てでは、明治元年から明治38年の日露戦争終結期までが、<起>となるように思う。日露戦争は、アメリカが仲介役となってくれたがゆえに、日本は勝利を得ることができたのだ。日露戦争終結から昭和15年(1940)までが、<承>ではないか。この間は、日本とアメリカの関係が次第に悪化していくのである。昭和12年の日中戦争以後、そして日本がドイツ、イタリアとの三国同盟に傾斜していくとその関係は修復困難な方向に向かって進んでいく。

   そして昭和16年から、昭和27年4月28日までが、<転>ではないか。日本は対米戦争に入り、3年8カ月の戦いによって徹底的に壊滅させられていく。その敗戦によって、アメリカを中心とする連合国に占領支配を受け、いわゆる戦後民主主義(アメリカン・デモクラシー)の政体を示唆されることになる。<結>というのは、講和条約によって独立を回復してから現在までとなるのだが、この時代区分を改めて見ていくと、私たちの国は、アメリカにより鎖国を解き、アメリカの助力で国威を発揚し、やがて対立し、軍事による近代化の限界を知らされ、その後はおとなしく同盟下にあるといっていいのではないか、と考えたくなる。

   アメリカを軸にして、明治維新150年をふり返ったときに、<転>の期の出来事がアメリカと日本の関係をよく示しているように思う。

ミズーリ号に持ち込まれた星条旗の意味

   昭和20年(1945)9月2日、東京湾上に停泊するミズーリ号上で、日本は連合国に対して無条件降伏の文書に調印する。このとき連合軍最高司令官のダグラス・マッカーサー元帥は、その調印式の船上にペルーリが浦賀に来て国交を開くよう要求したときの戦艦に掲げてあった星条旗の旗を額に入れて、これ見よがしに日本代表団に示した。この旗は長年航海に用いられていたので、すでに四方形の形はなしてなく、単なる紐のようになっていたそうだ。この額を通じて、マッカーサー、あるいはアメリカの指導者は何を言わんとしたのか。私は次のように思う。

「日本の指導者よ。おまえたちは何を考えているのか。270年近くの鎖国を解き、国際社会に復帰する手助けをし、ロシアとの戦争では本来勝つはずのない日本に多くの利益を与えたではないか。それを忘れてはいまいな。これからも忘れてはならない」

   そう思えば、マッカーサーの占領政策のアメとムチの意味がわかってくる。

   明治維新からの150年を、何を軸に時代区分するかは、私たちに改めて歴史の教訓を与えてくれるはずである。この軸には、たとえば中国を用いてもいいし、民権思想という考え方を据えてもかまわない。歴史をふり変えるときの重要な視点になりうるのではないかとの思いがする。

   さてこういう時代区分について考えてみるのとは別に、もうひとつ別の発想でこの150年を捉え直す手法もある。もとよりこれは私の考え方であり、一般的に用いられている手法ではない。私は、歴史をアカデミズムの例に閉じ込めておくことは、私たちの先達の生きた本当の姿は捉えられないと考えている。いわば在野の見方の側に立って近代日本史を見てみたい。

   幕末から明治維新にかけて、日本は選択しうる国家像は四つの像があったのではないかと私は考える。むろんこれは歴史の中に「イフ(if)」を持ちこむのだから、邪道だとの批判もあろう。しかし歴史を現実に存在した史実だけで捉えるのではなく、「イフ」を持ちこむことで、私たちの国の歴史がどこで誤ったか、どこで錯覚しておかしくなったのかがわかってくる。私が考える四つの国家像というのは、次のような姿である。

(1)後発の帝国主義国としての道(現実に選択した道である)
(2)植民地解放、被圧迫民族の側に立った帝国主義的道義国家
(3)自由民権を国の柱に据えた国民国家
(4)江戸時代の国家像を土台に独自の連邦制国家

   この四つの国家像を想定して、明治維新からの150年を見ていくと、私たちの国は近代そのものを誤って捉えていたのではないかと気づいてくる。(第2回に続く)




■プロフィール
保阪正康(ほさか・まさやす)
1939(昭和14)年北海道生まれ。ノンフィクション作家。同志社大学文学部卒。『東條英機と天皇の時代』『陸軍省軍務局と日米開戦』『あの戦争は何だったのか』『ナショナリズムの昭和』(和辻哲郎文化賞)、「昭和史の大河を往く」シリーズなど著書多数。2004年に菊池寛賞受賞。

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