2021年 2月 26日 (金)

保阪正康の「不可視の視点」
明治維新150年でふり返る近代日本(41)
軍人勅諭と戦陣訓――明治と昭和の戦時観の違い(その2)

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参謀たちの責任逃れに利用された「戦陣訓」

   このような大本営参謀の心理的負担を減らすのが、実は戦陣訓だったと考えて見ると、この訓示の意味がわかってくる。まず一般的には戦陣訓は兵士に死を強要するための経典だったとされているが、むろんそれを否定はできないにせよ、それよりも参謀たちの責任逃れに利用されたという現実を見ておかなければならない。私はむしろこの点が論じられてこなかった不自然さを改めて指摘しておきたい。

   戦陣訓はまず「序」があり、軍人精神を説いている。その後に「本訓 其の一」がある。ここには第一から第七までの項目がある。次いで「本訓 其の二」がある。こちらは第一から第十までの項目があり、このうちの第八が「名を惜しむ」となっていて、その中に「生きて虜囚の辱を受けず」という一節がある。これが戦陣訓の骨子とされてきたのである。付け加えておけば、戦陣訓には「本訓 其の三」もあり、その長さは一般に想像されているよりはるかに長い。戦陣訓のこうした構成は、一般兵士はほとんど知らず、軍事指導者にとって都合の良い部分のみが殊更に強調されたということになるであろう。

   さて「本訓 其の一」は戦場での将校などの本分を繰り返して説くのだが、例えば「第一 皇国」の中には、「戦陣の将兵、宜しく我が国体の本義を体得し、牢固不抜の信念を堅持し、誓って皇国守護の大任を完遂せんことを期すべし」という一節がある。「本訓 其の二」には、「常に大御心を奉じ、正にして武、武にして仁、克く世界の大和を現ずるもの是神武の精神なり。武は巖なるべし仁は遍きを要す。苟も皇軍に抗する敵あらば、烈々たる武威を振ひ断乎之を撃砕すべし」といった一節がある。これらの意味は、参謀たちには兵士の命よりも皇国守護の大任こそが何よりも大切だと命じていることがわかる。

   この戦陣訓は軍事指導者の意識を変えるものだったことを改めて理解して、太平洋戦争を見ていくことで多くの矛盾が浮かんでくる。(第42回に続く)




プロフィール
保阪正康(ほさか・まさやす)
1939(昭和14)年北海道生まれ。ノンフィクション作家。同志社大学文学部卒。『東條英機と天皇の時代』『陸軍省軍務局と日米開戦』『あの戦争は何だったのか』『ナショナリズムの昭和』(和辻哲郎文化賞)、『昭和陸軍の研究(上下)』、『昭和史の大河を往く』シリーズ、『昭和の怪物 七つの謎』(講談社現代新書)『天皇陛下「生前退位」への想い』(新潮社)など著書多数。2004年に菊池寛賞受賞。

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