2024年 4月 16日 (火)

岡田光世「トランプのアメリカ」で暮らす人たち
「バイデン勝利」クラクション鳴り響くNY

   2020年11月7日午前11時半頃(現地時間)、「バイデン勝利」のニュースが流れた瞬間、ニューヨークの街のあちこちから歓喜の叫びと拍手、クラクションの音が湧き起こった。

   鍋とお玉を手に家から飛び出してきた女性、通りすがりの人にジュースや花を差し出す人たち。言葉をかけ、喜びを分かち合う見知らぬ人同士。ある女性は、「今日は2020年で最もハッピーな日」と私に語った。一方、選挙結果を認めないトランプ支持者たちの姿はこの日、ニューヨークから見えなくなった。

  • ニューヨークのコロンバス・サークルでバイデン勝利を祝福して集まる人たち(現地時間2020年11月7日、筆者撮影)
    ニューヨークのコロンバス・サークルでバイデン勝利を祝福して集まる人たち(現地時間2020年11月7日、筆者撮影)
  • ニューヨークのコロンバス・サークルでバイデン勝利を祝福して集まる人たち(現地時間2020年11月7日、筆者撮影)

住宅地の沿道に繰り出す住民

   ニューヨーク・マンハッタンの中心地で警官と立ち話していると、突然、あちこちから通行人たちが一斉に歓喜の叫び声をあげ、拍手し始めた。前を通る車が皆、クラクションを鳴らし続ける。主要メディアが相次いで米大統領選でバイデンの勝利を報じた瞬間だった。

   住宅地も同じだった。沿道には見知らぬ人同士が集まり、飛び上がり、手を振り、歌い踊り、喜びを分かち合っている。通り過ぎる車はやはり、クラクションを鳴らし、感動を表現する。

   お玉で鍋をガンガン鳴らして音を立てていた中年女性は、「家にじっとしていられなくて、出てきたのよ。こんなことしてるの、私たちだけ?」と聞くので、「どこの街角も同じよ」と伝えた。

   窓から身を乗り出し、口笛を吹いたり、叫び声をあげる人たちの姿もあった。

   その先の角でも、他人同士が集まり、歓声をあげている。女性がみんなに差し入れの缶入りのマンゴ水を配っている。男性が水色のシャツを脱ぎ、8の字を書くように振り回している。

   ブルックリンから来ていた青年は、「外で歓声が聞こえたから、目が覚めた。何事かと思ったよ」と笑った。数十階のアパートの窓から歓声が聞こえたという人もいた。

「バイデンが勝利したと知って、泣いた」

   セントラルパークの南西に接する「コロンバス・サークル」の広場は人で埋め尽くされた。「You're Fired!(お前はクビだ!=以前、トランプ氏が出演したテレビ番組の決めぜりふ」のサインや「バイデン・ハリス」の旗を掲げ、喜びに浸っていた。

   トランプ氏のお面を被り、全身オレンジ色に身を包んだそっくりさんは、広場を歩き回りながら「バイバイ」と皆に別れを告げ、笑いを取っている。

   30代の看護士の女性は、「ニュースで知って、3分後にはここにやってきたわ。みんなと分かち合いたかったから」と話す。

   スピーカーを通してどこかから、外国語なまりで「トランプ、サヨナラ」という日本語が聞こえてきた。

   この近くの沿道で、通り過ぎる車の窓から、手に持った花束の花を1輪ずつ、差し出している青年と若い女性がいた。

   「喜びを分かち合いたくて、買ってきた」と2人が言った。

   若者が多く集まるビレッジの「ワシントンスクエアパーク」には、これまで見たこともない数の人たちが集まり、シャンパーンやビールで乾杯している。私も頭から、シャンパーンを被り、びしょびしょになった。音楽に合わせて深夜まで踊り歌い、体中で喜びを表現していた。

   この公園の近くで、アパート前の階段に座り込んで乾杯していた人たちは、隣近所の仲間だという。道行く人たちが次々と彼らに向かって手を振り、歓声をあげている。

   階段でワイングラスを手にしていた男性(57)は、バイデン氏が勝利したと知って、泣いたという。

「あれからずっと泣いているよ。トランプは僕らの国の象徴じゃない。僕らはトランプのような、人種差別主義者でもなければ、いじめっ子でもない。他人に寛容だ。これからまた、この国が、僕の好きな国に戻れる気がするよ」

トランプ支持者はどこで何を思うのか

   観光名所のタイムズスクエアも、夜中まで沿道に大勢の人たちが集まり、通り過ぎる車のクラクションが鳴り続けていた。バスドライバーが窓から顔を出し、「Go, Joe!(行け、ジョー!)」と叫ぶと、皆が声を立てて笑った。

   半日、ニューヨークの街中で過ごして、私はどれだけの数の笑顔を見ただろうか。これほど人々がハッピーに見えた日が、あっただろうか。ある女性は、「今日は2020年で最もハッピーな日」と私に語った。

   コロナ真っ盛りのニューヨークなのに、コロナの前に、平常に、戻った。他人に心を開き、すぐに会話が始まる、私の大好きなこの街に、久しぶりに戻った。そんな思いでいっぱいになった。

   多くの人がトランプ氏に嫌悪感を抱いているこの街で、彼の存在が人々をこれほどまでに抑圧していたことを、改めて思った。

   しかし、そのトランプ大統領は、この選挙は不正だとして、「バイデン勝利」を認めず、法廷闘争に訴える姿勢を崩していない。

   ニューヨークにはトランプ支持者などまるでいないかのように、人々は振る舞っていた。最も多く耳にした言葉は、「Fuck Trump!」だった。

   これまでニューヨークで出会ったトランプ支持者たちや、トランプ支持の私の友人たちはこの日、どこで何を思っていたのだろう。

   夜、ふと見上げると、エンパイア・ステート・ビルが、星条旗色の青、白、赤に輝いていた。(随時掲載)

++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。

 
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