2024年 4月 20日 (土)

外岡秀俊の「コロナ21世紀の問い」(35)ワクチン争奪戦に出遅れ 日本の「失われた20年」

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放置された「新型インフルエンザ」の教訓

   ただ、科学報道をめぐるこうした問題があるからといって、今回のコロナ禍で、日本のPCR検査が目詰まりを起こしたことを正当化してはならない、と浅井さんはクギを刺す。

   2009年に流行した新型インフルエンザについて厚労省は、専門家による「対策総括会議」を設け、翌年に報告書をまとめた。その提言のうち、「サーベイラナンス」の項目に、次のような記述があった。

   厚生労働省及び国立感染症研究所によるサーベイランス実施体制の一元化や、サーベイランス結果の情報開示のあり方について、検討すべきである。

   各国のサーベイランスの仕組みを参考にしつつ、国立感染症研究所、保健所、地方衛生研究所も含めたサーベイランス体制を強化すべきである。とりわけ、地方衛生研究所のPCR検査体制など、昨年の実施実績を公開した上で、強化を図るか民間を活用するのか検討するとともに、地方衛生研究所の法的位置づけについて検討が必要である。

   また、サーベイランス担当者について、その養成訓練の充実を図るべきである。

   浅井さんは、当時自らも参考人として会議に出席し、「スポークス・パーソンを設けるべき」などの意見を陳述した。

「総括会議の提言はその後放置され、現場への機器配置強化や人材育成がなされていなかった。検査体制が準備不足だったことは否定できない。特に1月から5月にかけては、PCR検査が不十分だった」

   専門性を高めるために日米の医療報道を比較して、浅井さんは次のようにいう。

「アメリカでは、医療専門家と医療記者の間に信頼関係があり、コミュニケーションや議論が日常的に行われている。日本では大手メディアが専門記者を育てているが、まだまだだと思う」

   浅井さんがその例として語るのは、3年前に参加した「ヘルスジャーナリズム2018」だ。これは、全米の医療・健康ジャーナリストの連合組織、「ヘルスケアジャーナリスト協会」(AHCJ)の年次大会だという。その年には4月12日から4日間、アリゾナ州フェニックスで開かれた。

   米国では当時、オバマ元大統領の医療保険制度改革(オバマケア)に対して、トランプ前大統領が批判を強め、それが大きな争点になっていた。当然、メディアの関心も高い。

   その年の大会には、会員1500人の約半数にあたる720人以上の大手紙、地方紙、フリーランス記者、ジャーナリズム専攻の学生らが参加した。

   大会ではテーマごとに1時間半ほどのパネル討論が同時並行で行われ、その数は4日間で60にも及んだ。テーマはアルツハイマー病、遺伝子治療、幹細胞研究など医学の最新情報から、ホームレスの健康、健康格差、医療政策等の社会問題まで、きわめて幅広い。

   その大会に参加して浅井さんが痛感したのは、アメリカにおける医療・健康ジャーナリストの層の厚さだった、という。AHCJの会員数約1500人に対し、日本医学ジャーナリスト協会の個人会員数は約280人だ。米国の人口が日本の2倍強としても、かなりの差だ。会場で出会ったジャーナリストには50代、60代も多かったという。長年、医療・健康問題に携わり、その年次大会のような場で交流して新知識を学び、キャリアを積み上げるわけだ。

   日米の層の厚みの違いの背景にあるのは、日本のメディアの人材育成システムにある、と浅井さんは指摘する。

「日本の記者は同じ社で長年勤め続けることが多いが、米国ではやりがいのある仕事を求めて新聞やネットメディア、大学などへ移り、専門性を高めていける。私は幸運にも希望通りに医療分野の取材を担当できたが、記者の希望が必ずしも社内で認められるわけではありません」

   ではどうしたら、専門性を高めていくことができるのか。浅井さんは、AHCJの年次大会のように、他のメディアの人たちと「どう取材すれば良い記事が書けるか」というノウハウを互いに教えあい高めあう場が有効だろうという。

「東京に拠点を置く科学・医療記者は専門家や官庁を取材する機会もあるが、地方にいると、なかなか難しい。日本医学ジャーナリスト協会では、昨年7月から、岡部信彦・川崎市健康安全研究所長や感染症専門医の忽那賢志・国立国際医療研究センター国際感染症センター医長、中川俊男・日本医師会会長、武藤香織・東京大学医科学研究所教授、樽見英樹・厚生労働事務次官らのオンライン講演を開いてきた。今後もオンラインで講演会やシンポジウムを開き、地方にいても専門知識を学べる機会を増やしていきたいと思う」

ジャーナリスト 外岡秀俊




●外岡秀俊プロフィール
そとおか・ひでとし ジャーナリスト、北大公共政策大学院(HOPS)公共政策学研究センター上席研究員
1953年生まれ。東京大学法学部在学中に石川啄木をテーマにした『北帰行』(河出書房新社)で文藝賞を受賞。77年、朝日新聞社に入社、ニューヨーク特派員、編集委員、ヨーロッパ総局長などを経て、東京本社編集局長。同社を退職後は震災報道と沖縄報道を主な守備範囲として取材・執筆活動を展開。『地震と社会』『アジアへ』『傍観者からの手紙』(ともにみすず書房)『3・11複合被災』(岩波新書)、『震災と原発 国家の過ち』(朝日新書)などのジャーナリストとしての著書のほかに、中原清一郎のペンネームで小説『カノン』『人の昏れ方』(ともに河出書房新社)なども発表している。

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