2024年 4月 29日 (月)

担当者が交代→書籍化予定の作品が没に ベテラン作家から見た「非正規」編集者の功罪

   準備を進めてきた小説が担当編集者の交代を機に没になってしまった――。ある小説作家のエピソードに、Xで「コレが罷り通って良いの!?」「人の心とか無いんか?」などの驚きの声が広がった。一方で、複数の小説家やマンガ家から同様の経験があるといった声が寄せられた。

   20年以上小説家として活躍しているわかつきひかるさんによれば、珍しい話ではないという。いったい何が起きているのか。J-CASTニュースは2023年9月21日、わかつきさんに業界事情を取材した。

  • 担当者交代がきっかけで作品が没に(写真はイメージ)
    担当者交代がきっかけで作品が没に(写真はイメージ)
  • 担当者交代がきっかけで作品が没に(写真はイメージ)

「こんなことしょっちゅうやられたら作家が潰れます」

   9月中旬、ある作家の明かした小説が没になった経緯がX(旧ツイッター)でにわかに話題になった。担当編集が交代となり、新しい編集者の意向で、編集長の確認を経てイラストレーターの選定まで話を進めていた小説が没になってしまったという。

「これはあります。担当者変更があると、旧担当と進めていた企画がぽしゃるんです。旧担当の企画で数字が出ても新担当の成績にならないからですが、正直、堪忍してほしい。今は編集者の移動が多いし、非正規化も進んでいるので、こんなことしょっちゅうやられたら作家が潰れます」

   こう訴えたのは、小説家のわかつきひかるさんだ。2001年に作家デビューし、ライトノベルや時代小説、官能小説など幅広い小説を手掛けている。著書の数は別名義のものを含め、150冊ほどあるという。現在は、新人作家に向けた小説の書き方教室やお悩み相談も展開している。取材に対し、自身も同様の経験があると明かす。

「企画の段階では、この内容で小説を書いていいとお墨付きを得ていました。書籍化をお約束していただいて、就職活動に例えれば内定を得た状態に近いです。ひっくり返る可能性がないことはないけれども、ほとんどOKの状態です」

   その後、レーベルの副編集長から「担当者が失踪した」という電話があった。担当者が住んでいたはずのアパートはもぬけの殻で、代わりに新しい担当者をつけるので待っていて欲しいという連絡だった。しかし新しい担当者は前担当者と進めてきた作品を没にした。

「新しい担当者さんは『先生の企画は大変すばらしいんですが、もっといい小説を書けると思うので別の企画を考えてきてもらえませんか?』『もっといい企画書を出しましょう!』と提案してきました。前担当者の決めたことやりたくなかったようです」

なぜ「前担当者」の作品を引き継がないのか?

   没になった作品に費やしてきた労力に対する報酬が支払われることはなかった。わかつきさんによれば、出版業界では「成果物に対してお金を払う」考え方が浸透しており、本が発売されてはじめて印税という形で収入を得ることができる。

「すごい簡単に企画書を書き直せと言ってくる人もいますが、その間私たちには1円もお金が入ってこないんです」

   ただし、わかつきさん自身は、「費やしてきた労力に対する補償」などは求めていないという。

「補償を求めるならば作家にも責任が発生するでしょうし、もしその作品が何らかの事情で書けなくなってしまったら、賠償を支払わなければならないなどのマイナス面も出てくると思います。 作家は『本を出す』という博打をうってるんです。売れるときは売れるし、売れないときは売れない。災害やコロナ禍では売れなかったし、運もあります。ある程度のマイナスは飲み込んで、勝つまでじゃんけんを続けていくというのが、作家として生き残っていくための感覚だと思います」

   訴えているのは、「企画会議で通した作品を担当者の一存で没にするのはやめてほしい」という点だ。

   わかつきさんは他の作家のトラブル相談も受け付けており、担当者が変わったとたんに折り合いが悪くなったといった相談は多いという。自身の経験と相談内容を照らし合わせ、担当編集の交代によって企画が流れる背景を次のように考察している。

「昨今は契約社員の編集者が多いです。2年契約であることが多く、その期間に数字を出し、爪痕を残さなければならない状況に置かれています。引き継いだ作家を持ったとしても、それは前の編集者のポイントになります。自分で見つけてきた作家、自分で立ち上げた企画で売りたいと感じていらっしゃるようです」

   厚生労働省の「職業情報提供サイト(日本版O-NET)」によれば、正規の職員・従業員として働いている雑誌編集者は50.9パーセント、図書編集者も67.7%にとどまる。次に多い就業形態はどちらも、「自営、フリーランス」、「契約社員、期間従業員」の順となっている。

「非正規」の編集者とどのように付き合うべきか

   わかつきさんには、担当編集者が退職してしまったために企画が流れてしまった経験もある。その担当者が一人でけん引してきたレーベルごとなくなってしまったという。担当者から退職の連絡があったとき、はじめて契約社員だったと明かされた。

   わかつきさんは、「昔と比べて正社員の編集が減り、非正規が増えたことによるひずみを感じている」と話す。

「とにかく2年で成果を上げて正社員になるか、契約を更新してもらわなければならない。いかに新しい作家を引っ張って来られるかが編集者の腕の見せ所ですから、引継ぎの作家への対応は後回しになりがちなのでしょうね」

   この問題に対し、作家としてどのように向き合うべきか。わかつきさんは「コミュニケーションをとることを大事にしている」と話す。

「担当者が変わったとたんにうまくいかなくなった作家たちには、編集者と連絡を取り、東京に行って直接コミュニケーションをとるよう呼びかけています。もし編集者がミスをしても怒らず、自分が先輩だと思って教えてあげて欲しいです。 新任の編集者は苦しい状況に置かれています。『あなたの敵ではない』と伝えてください。一緒にいい作品を作ろうという姿勢を伝えることが大事だと思います」

   また契約社員が増えることには、メリットもあるという。

「作家としては、むしろ仕事のチャンスが増えたと前向きにとらえています。 編集者は短期間で別の会社に就職できる。移動先の編集部で新しい作品を取り入れ、自分の力で売りたいと考えている。そこで、付き合いのある作家を引っ張ってきます。 作家は、関わりのある編集者さんが移動したことで、これまで付き合いのなかった会社から仕事をもらえるようになります。これまで挑戦してこなかった別のジャンルの仕事をもらうこともあります。複数の出版社から本を出せるようになるのは、一つの出版社とだけ仕事するよりも、リスクマネジメントができるのではないかと考えています」

   わかつきさんは、「昔は昔でトラブルがありましたし、今は今の良いことを数えていきたい」と意気込んだ。

    (J-CASTニュース編集部 瀧川 響子)

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