住宅街では、ごく小さなすれ違いが深い溝に変わることがある。地域のつながりが薄れ、互いの生活が見えにくくなるなか、当事者にしかわからない火種を抱えるケースも少なくない。とある住宅街で暮らす佐伯達也さん(仮名・40代)は、向かいに住む家族とのあいだで、18年間続く「境界線トラブル」に悩まされてきたという。自宅の敷地内で方向転換する車問題の発端は、その家の軽自動車が佐伯さんの敷地内へと入り込み、そこで方向転換を繰り返すようになったことだった。「しばらくは見て見ぬふりをしていました。でも、毎日のように続くとどうしても気になりますよね」佐伯さんは思い切って、その家の住人に声をかけたという。「うちの敷地内ではなく、道路側で方向転換していただけますか?」しかし返ってきたのは、突き放すようなひと言だった。「だったら柵でもつくれば?」佐伯さんは言葉を失った。そこで、境界部分の側溝にいくつかのプランターを置き、車が入り込めないよう防止策をとることに......。しばらくは状況が落ち着いたものの、ある朝、プランターが無残に割れているのを見つけた。「道路側からぶつかった跡があって、明らかに相手側の軽自動車の高さと一致しているように見えました」プランターを新品に替えても、数日後には再び破壊された。悪質な行為を疑った佐伯さんは、現場を撮影し、警察に相談することにした。現場を確認した警察官は、こう助言したという。「プランターは壊れやすいので、コンクリートブロックを置くといいですよ。車のほうが傷つきますから、わざわざ当てる人はいません」被害は収束、それでも消えない「隣人との距離」助言に従って、境界部分にコンクリートブロックを設置すると、破壊被害なぴたりと止まった。しかし、心が晴れたわけではなかった。「その家の奥さんが車を運転するんですが、出かけるときにブロックのギリギリまで寄せて方向転換していくんです。もし退かしたら、また敷地に入られるだろうなと感じています」最近では、奥さんがブロックをじっとのぞき込んでいる姿も何度か目にしたのだとか......。「何か思い当たることがあるのか、ただ見ているだけなのか、正直わかりません」念のため、佐伯さんはスマートフォンで確認できる「IPカメラ」を設置して、様子を見ているという。18年の間に、両者の関係はすっかりぎこちなくなった。「顔を合わせても挨拶はなくなりました。こちらは落ち着いて暮らしたいだけなのに、どうしても意識してしまいます」とはいえ、対立を深めるつもりはない。「強く出ると、また何かあったときに余計にややこしくなります。冷静に対応していくつもりです」
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