パチンコ屋で客に声を掛けて練り歩く...板東英二さんの仕事ぶりに感動したブラマヨ吉田敬

   元プロ野球選手の板東英二さんが亡くなった。2026年7月28日放送の「旬感LIVE とれたてっ!」(関西テレビ)に出演したタレントからは板東さんとの思い出話が語られたが、壮絶な人生だったようだ。

  • ブラックマヨネーズ吉田さんが板東さんとの思い出を振り返った(画像はイメージ)
    ブラックマヨネーズ吉田さんが板東さんとの思い出を振り返った(画像はイメージ)
  • 板東英二さんの公式サイトより
    板東英二さんの公式サイトより
  • ブラックマヨネーズ吉田さんが板東さんとの思い出を振り返った(画像はイメージ)
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齢をとってもバイタリティがあった

   ブラックマヨネーズ吉田敬さんは板東さんと何度か仕事をした経験があるという。

   「エネルギッシュの塊という人だった。タカアンドトシの番組でそのお店の売れ行きベスト10を食べながら当てていくロケがあったが、板東さんが参加していて、そのころもう70歳近かったと思うが『自分は夜中の2時には帰らなあかん』と言っていたので『2時に帰るってどういうことですか』と聞いたら、『車乗って名古屋に行って、朝から名古屋のテレビに出なあかん』と。70歳前ですよ、どれだけのバイタリティなのか」とあらためて驚いていた。

野球選手としても数々の記録を持つ

   さらに吉田さんが驚いたことがあるという。

   「ブラマヨも来てくれ、と言われて行ったのが名古屋のパチンコ屋さん。『練り歩き』というのですが、営業時間中にパチンコをやっている人たちに声をかける。『がんばってください、がんばってください』というのが板東さんの仕事でした。こんな仕事もやられているのかと驚いた」と振り返った。

   MCの橋本和花子さんが「私は20代ですが、板東さんがプロ野球選手だったということを後から知った」と話す。

   中日ドラゴンズ時代よりもすごいのは、1958年の夏、徳島商高の投手として全国高校野球選手権記念大会に出場、1大会83奪三振記録は今も破られていない。特に準々決勝での魚津(富山)の村椿輝雄投手と投げ合い、延長18回0-0の引き分け再試合となったのは甲子園史上の名勝負と言える。

(ジャーナリスト 佐藤太郎)

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