俳優の中村ゆりさんが2026年9月1日に亡くなっていたことを、所属事務所のアルファエージェンシーが14日に報告した。44歳だった。「検査も欠かさずに受けておりました」中村さんは、かつて放送されていたバラエティ番組「ASAYAN」(テレビ東京系)のオーディションに合格し、女性デュオ「YURIMARI」で歌手デビュー。解散後、女優として活動を始め、映画やドラマ、舞台などで活躍した。26年7月には、出演予定だった27年放送予定のNHKドラマ「デンジャラス」を腸閉塞のため降板していた。所属事務所は14日、公式サイトを通じて「9月1日 中村ゆりが直腸がんのため永眠いたしました。生前のご厚誼に感謝いたしますとともに謹んでお知らせ申し上げます」と報告した。「中村ゆりは、13年前にもがんを患いました」と明かし、「その時、社長と彼女は、『病名は、仕事の方々には余計な心配をおかけしてしまうので、言わないようにしましょう』と話し、その後寛解、元気に大好きな仕事を続け、検査も欠かさずに受けておりました」とした。「彼女は落ち着き、美しく優しさにあふれた笑顔を絶やさず...」しかし、「昨年1月再びがんが見つかり、手術は成功したものの、術後に転移が見つかりました」。「その時点で根治・寛解を目指すことは難しく、がんとうまく付き合っていくための治療を続けながら、より長く、生き生きと良い人生を歩むことを目指すことになりました」という。医師からも仕事を続けることを勧められていたというが、「今年8月、復帰に向け回復に努めていた中、再び腸閉塞を起こし、突然余命わずかと告知を受けました」。そうした中でも、「彼女は落ち着き、美しく優しさにあふれた笑顔を絶やさず、ご家族や近しい方々と共に最後の時を大切に過ごすことができました」という。これまでの歩みについて、「彼女の30代、40代は病とたたかい、持ち前の強い気力で乗りきることも多い日々でしたが、素敵な出会いと幸せ、充実もまたたくさんありました」とつづった。「誇り高く美しく、まさに百合のような人でした」突然の訃報に、SNSでは「信じられない、素敵な作品ばかりでした」など、惜しむ声が相次いだ。芸能界からも、複数の悲しみの声が上がっている。俳優の鈴木亮平さんは、「突然の訃報に心がまとまりません。中村ゆりさんとは、20年前に演技学校で出会い、その後も何度も共演させていただきました」と振り返り、「強く柔らかく、誇り高く美しく、まさに百合のような人でした。悔しい」とした。要潤さんは、「昨年共演した時には、とても元気で現場を盛り上げてくださっていました。同年代という事で何かと話が合う事が多かったので、何というか、病気の残酷さを恨みます。ただ、悔しい。人生これからなのに」と悔しさをにじませた。タレントの熊切あさ美さんは、「なんだか眠れない。信じたくないニュース」とし、中村さんとの思い出を振り返った。「素人からデビューしたオーディション番組の司会がYURIMARIさんで いつも優しくしてくださり 数年前、映画で中村ゆりちゃんと再会出来た時、ゆりちゃんがあさみちゃん久しぶりって変わらず優しく声をかけてくれていろいろ懐かしい話をしたり 本当に嬉しかったのを忘れられない」「いつも明るく優しいゆりちゃんのニュースを見て信じられないし信じたくなかった。ゆりちゃん本当にありがとう」と感謝をつづっている。「このCMに励まされたひとりです」また、中村さんが出演していた日本生命のCM「笑顔が大好き篇」にも注目が集まっている。19年に放映されていたもので、「第58回JAA広告賞消費者が選んだ広告コンクール」でも入賞。中村さんはひとり息子を育てながら病気と戦い、晴れやかな笑顔で授業参観に参加するシングルマザーを演じていた。「このCMに励まされたひとりです」「まさかご本人も病気と闘っていたなんて」などとする声が上がっている。
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