結党わずか8か月。2026年2月の衆院選で惨敗を喫した「中道改革連合」が、実質的な解党を決めた。とりわけ批判と注目を集めているのは、その幕引きの手口である。実質的には分党、法形式上は「分派」9月9日の記者会見で、中道改革連合の小川淳也代表は、所属する衆院議員49人のうち48人が離党し、立憲民主党系の新党結成や公明党への復党に向かう一方、党には国会議員を1人だけ残して形式的に存続させる方針を明らかにした。小川代表はこれを「実質的には分党だが、法形式上は分派」だと説明した。1人を残す狙いは、今年度分として未交付の政党交付金(残り2回分・計約11億6940万円)を満額受給することにあると指摘されている。政党交付金(政党助成金)は、政治腐敗の温床とされた企業・団体献金を締め出し、健全な政党活動を育成するという理念のもとで導入された。国民1人あたり年250円の税金を原資に、各党へ配分される公金である。法律上、政党が正式に解散すれば未交付分は打ち切られ、使い残した残金も国庫に返還しなければならない。また、「分党」の手続きを取れば、資金は離脱する議員数に応じて按分・配分される。しかし今回、中道改革連合が取ったのは、議員が個別に離党していく「分派」の形式だった。政党交付金の交付要件は、「所属国会議員が5人以上」または「所属国会議員が1人以上かつ直近の国政選挙での得票率が2%以上」と定められている。だが、中道改革連合は2月の衆院選で得票率2%を超えているため、議員を誰か1人でも残せば、形式上は政党として存続し、今年度分の未交付金も請求できるという。自らの失策を「公金」で精算する欺瞞会見で「交付金目当てではないか」と問われた小川代表は、「総選挙の支払いを踏み倒していいのか。それも含めて党として完済することは、社会的・経済的な責任だ」と弁明した。中道改革連合には、衆院選に伴う支払いが未払いのまま約10億円の負債として残っていると報じられている。だが、その負債は、過大な広告宣伝費や情勢判断の見誤り、そして総選挙での敗北という、党自身の誤った経営判断によって生じたものではないか。民間企業であれば、経営陣が私財を投げ打って弁済するか、破産手続きを取って責任を明確にするのが筋である。ところが彼らは、自らの給与を返上したり身銭を切って穴埋めしたりする選択肢を、最初から排除しているように見える。「税金で赤字を補填しなければ支払いが滞る」という理屈がまかり通るなら、あらゆる赤字企業や倒産事業者も公金で救済されなければ筋が通らない。自らの失策を血税で精算することに一片の羞恥心すら感じさせない姿勢は、一般の国民感情と大きくかけ離れていると言わざるを得ない。「法律上問題ない」という、かつて批判したはずの常套句さらに看過できないのは、離党していく議員たちの無責任さである。彼らは総選挙の際、自公政権に対峙する「中道改革の大きな塊」を掲げて有権者に一票を訴えた。その結果、小選挙区で敗れながらも、党の比例名簿によって辛うじて議席を拾った議員も少なくない。有権者が託したのは個人の人気ではなく、「中道改革連合」という看板と政策への信託だったはずだ。にもかかわらず、選挙が終わって党が空中分解するやいなや、彼らは平然と古巣の公明党や立憲系の新党へと看板を掛け替えていく。永田町では、自民党の裏金問題に関与した議員や日本維新の会の離党議員に象徴されるように、「離党はしても議員バッジは外さない」という議席の私物化が常態化している。だが、今回の身勝手さはとりわけ際立っているように見える。さらに呆れるのは、秋の臨時国会に向けて、離党組による立憲系の新党、復党先の公明党、そして1人だけ残った中道改革連合が、そろって衆院の統一会派「中道」を結成する方針だという点である。国民の前では袂を分かって別々の看板を掲げながら、国会内では議席数に応じた質問時間や役職ポストの便宜を貪り、1人だけ残した党の交付金(金庫)を清算に充てて実質的に共有するというわけだ。派閥の裏金問題に対し、「カネに汚い自民党政治を正す」と声を枯らして批判してきたのは、ほかならぬ野党勢力だったはずである。しかし、いざ自らの台所事情となると、法制度の隙を突いて血税に依存しているようにしか見えない。たしかに、議員1人を残して交付金を受け取るスキーム自体は、法形式上「違法」ではないのかもしれない。だが、その言い分は、自らが厳しく糾弾してきた疑惑議員たちの「法的には問題ない」という常套句とまったく同じではないか。こうした姿を見せつけられた有権者が、果たして再び野党に期待を抱くことなどできるのだろうか。
記事に戻る