「ハンドやペナルティやり放題の泥仕合になる」
米山氏は、この関係をサッカーに例え、
「それは、ジャッジが機能してこそ自由でクリエィティブなサッカーの試合が展開され、ジャッジが機能しなくなったらハンドやペナルティやり放題の泥仕合になるのと似ています」
と説明した。
ルールが適切に運用されているからこそ、選手が自由にプレーできるのと同様に、社会でも国家が法や制度を機能させることが個人の自由の土台になる、との趣旨とみられる。
今回の投稿では、特定の政策や政党を名指しして批判することはせず、リベラルという政治思想と国家の役割について、自身の考えを簡潔に説明している。