イヤホンの歴史 1 イヤホン誕生前夜 ~ヘッドホンの歴史~

    イヤホンはどうやって生まれ、どのように発展していったのか?

    その歴史をくわしく紐解くにはまず、ヘッドホンの誕生とポータブルオーディオの発展について触れなければなりません。というのも、この2つの歴史があってこそ、現在の"イヤホンで音を楽しむ"というライフスタイルが誕生できたからです。今回は「ヘッドホンの歴史」について紹介していきます。

    ヘッドホンという存在が歴史上、初めて登場したのは音楽鑑賞用ではなく、電話交換手用のものだといわれています。1880年代に普及が始まった電話(日本でも1890年にサービスがスタート)は、電線ケーブルの効率化のために交換機が必要でした。交換機がないと各電話機同士を直接接続しなければならず大量のケーブルが必要になります。そして、交換機のケーブルを繋ぎ変えて通話者同士の電話機を接続するのは、人の手によって行われていました。その電話交換手が使っていたものが、世界最初のヘッドホンです。片耳のみで、卓上型のマイクもセットで活用されていたため、ヘッドホンそのものというより、インターカム用ヘッドセットの原型といえる存在でした。

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1911年頃のアメリカの女性電話交換手。(出典:撮影者不明 Wikimedia Commonsより)

    19世紀末には音楽鑑賞用のヘッドホンの原型といえる器具が登場します。それが、1881年のパリ国際電気博覧会で発表された、オペラ座などの劇場やコンサートホールにマイクを設置して、電話回線によって離れた会場へ生中継するシステムに使われたレシーバーです。のちに1890年代にフランスではテアトロフォン(Théâtrophone)、イギリスではエレクトロフォン(Electrophone)という有線放送サービスとして商業化されました。このサービスに使われていたレシーバーは、現在と同じ両耳タイプでしたが、ヘッドバンドによる固定ではなく下側から棒で支えるような形状で、現在とは大分異なったデザインを採用していました。

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1901年、ロンドンでElectrophoneを楽しむ人々の様子。頭に乗せるのではなく、下から支えてレシーバーを使う形になっている。(出典:George R. Sims『 Living London, vol.3』、Wikimedia Commonsより)
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1896年に描かれた、フランスの人気画家Jules ChéretによるThéâtrophoneのポスター。(出典:『Les Maitre de L'Affiches』series、Wikimedia Commonsより)

ついに頭に乗せるタイプのヘッドホンが登場!

    現在のヘッドホンに近いデザインを最初に採用したのが、1910年代にアメリカの電気技師、Nethaniel Baldwinが開発した製品です。耳に当てるスピーカー部分をヘッドバンドで繋いだ、まさに現在のヘッドホンの元になったこの製品、礼拝堂の説教が聞こえづらいのを何とかしたいと思って開発したもののようですが、アメリカ海軍が注目して、製品化。騒音が激しい戦場でも、通信音声が聞こえる道具として活用されることとなりました。
    このヘッドホンの元祖を改良発展させたのが、ベイヤーダイナミック社の生みの親であるドイツのEugen Beyerが1937年に作り上げた「DT48」です。こちらは、一般的なフロア型スピーカーにも使われているドライバーユニット、磁石と振動板に接続したコイルを使って音を出すダイナミック型のドライバーユニットを採用したモデルで、"ヘッドバンドによる固定"、"ダイナミック型ドライバーを活用"するスタイルは、80年以上が経った現在でも主流となっています。とはいえ、まだこの時代のヘッドホンは業務用という色合いが強かったようです。

    その後、アナログレコードやラジオなどを活用して音楽を楽しむことが一般的となり、そのなかでヘッドホンという存在も音楽リスニング用の機材として注目されていきます。1949年には、オーストリアの音響メーカーAKGがプロフェッショナル向けのヘッドホン「K120 DYN」を発売。現在のモニターヘッドホン(音楽制作のレコーディング現場などでサウンドチェックに使うヘッドホン)が誕生しました。 続く、1958年には、オーディオブランドKOSSを設立したアメリカのJohn C. Kossが音楽鑑賞用をメインターゲットとしたヘッドホン「SP3」を発売。ヘッドホンで音楽を楽しむ、というライフスタイルがここからスタートしたのです。

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KOSS「SP3」。生演奏の興奮を再現することを目標として開発されたという。写真提供:ティアック

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モニターヘッドホンの開発も進んだ。写真は1970年にKOSSから発売された「PRO4」。今でも変わらないフォルムで後継機が発売されている。写真提供:ティアック


【筆者プロフィール】
野村ケンジ(のむら・けんじ)
ヘッドホンやカーオーディオ、ホームオーディオなどの記事をメインに、オーディオ系専門誌やモノ誌、WEB媒体などで活躍するAVライター。なかでもヘッドホン&イヤホンに関しては造詣が深く、実際に年間300モデル以上の製品を10年以上にわたって試聴し続けている。また、TBSテレビ開運音楽堂「KAIUNセレクト」コーナーにアドバイザーとしてレギュラー出演したり、レインボータウンFMの月イチ番組「かをる★のミュージックどん丼792」のコーナー・パーソナリティを務めたりするなど、幅広いメディアに渡って活躍をしている。


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