音楽とわたし リラックスが「Music magic」を起こす
久住昌之さん

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   初めて自分で買ったシングル盤は、サイモンとガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」と「続・夕陽のガンマン」のサントラ盤。中1の時だ。

   このシンガーソングライターとサントラ、という相反するジャンルは、今の自分の音楽活動そのままだ。ボクはドラマの劇伴音楽を制作しながら、弾き語りや歌モノのバンドのライヴを年に50本以上している。

   フォークギターを買ってもらったのは中1の秋。コードを4つ覚えたら、すぐ歌を作った。「カラス」というマイナーな童謡みたいなフォークソングだ。音楽祭で、クラスで歌われた。でも、今も譜面は読めない。

   21歳の時、高円寺のライヴハウスに出た。お金をとって演奏した最初のライヴ。マンガ家デビューと同じ年だ。

   以来、マンガと音楽をずっと並行してやってきた。ボクが原作のマンガ『孤独のグルメ』のドラマ化で、初めてそれが合体した。マンガの方が先に売れたから、バンド活動を「マンガ家の趣味」と言われがちだったのは、長年すごくつらかった。

   転機になったライヴがある。40歳くらいの時。宮城県塩釜に、マンガに関するトークショーで呼ばれた。若い人がたくさん来てくれ、大盛況だった。で、その打ち上げが地元の寿司屋であった。その時、ウクレレを持っていたので、興が乗って1曲歌った。そしたら、店主が大喜びしてくれた。そして、いつかぜひウチでライヴをやってください、と強く言われた。もちろん!と答えた。

   そして1年後、寿司屋ライヴは実現した。ボクは前回のお客さんたちを思い浮かべ、ギターとウクレレを持って、ワクワクしながらひとり塩釜へ向かった。

   店に行くと、座敷の卓が取り払われ、座布団が並べられていた。そこに、すでにおじいさんが数人座っている。「何か雰囲気が違う......」と思った。ステージ的スペースには、マイクもアンプもない。生声生音か。まあ、この広さなら、それでもいい。がんばろう。

   開演時間が近づいてきた。しかし、入ってくるのは老人ばかりだ。心配になってきて聞くと、今日のライヴ料金は、寿司付き5000円だった。若い人には高いだろう。前のトークショーは、入場無料だった。

   座敷は老人たちで満員になった。だが、寿司や飲み物は、ライヴの後ということだ。つまり、全員シラフだ。空気はカタイ。店主が店の常連さんを中心に集めてくれたようだ。当然ボクのことを知らない人がほとんどだろう。マンガも読んでないし、むろん歌など聞いたこともない。今はお年寄りも観ている「孤独のグルメ」が始まる15年も前だ。

この人たちに何を歌えばいいの

   ボクが準備してきたのは、若い人にウケそうな、面白おかしいオリジナルソングばかりだ。カウンターの端に座って開演を待つ間の、絶体絶命感を、ボクは生涯忘れない。ビールを勧められたが、喉を通らない。BGMもないし、テレビもない。老人たちは腕組みしたり、目をつぶっててじっと待っている。ひそひそ声がコワイ。

   この人たちに、何を歌えばいいというのだ。こんな時、誰もが知っている日本の歌を1曲でもレパートリーに持っていれば、と心底思った。もう遅い。

   そしてライヴの時は来た。春だったが、塩釜神社の名物の桜はその年遅くてまだ咲いていなかった。最初に、ブルースっぽい歌で、そのことを歌った。崖っぷちのアドリブだ。

   「神社の桜は、咲いてねぇ~」

   と。そしたら、ウケた。座敷全体が、ホワン、とあったかくなったのを感じた。歌い終わると、拍手が上がった。やっとからだ中の血液が流れ始めた気がした。

   それで、やる予定のなかった、若い時作った短い素朴なラヴソングを歌った。そしたら、さっきよりやわらかい拍手がわいた。そこで、やっと「ボクは今日、皆さんのようなお客さんの前で歌うことになるとは、思ってもいませんでした」と正直な気持ちを話した。そしたらみんな笑った。

   笑われて、気がついた。そうだ。みんな、楽しみに来ているのだ。

   リラックスして、いつも通りに演奏すれば、何をやったって、楽しんでくれる。ボクは、もともと予定していた歌をひとつずつ、ていねいに一生懸命歌った。会場はどんどん盛り上がって、笑いも続き、手拍子も自然に出た。アンコールを求める、熱い拍手ももらった。お互いの年齢も壁も吹き飛んだ。くたくたになったけど、最高に充実感があった。

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   自分はお客さんを恐れていた。だが、それは今日の観客を馬鹿にしていたんではないのか。今までのライヴは、ボクやボクの作品を知ってるファンや友だちに甘えていたんではないのか。打ち上げの最高にうまいビールを飲みながら、自分に対して冷や汗が出る思いだった。「マンガ家の趣味音楽」を嫌がっていたけど、ボクは今までミュージシャンとしての覚悟がなかった。

   この体験はすごく大きかった。そこから人前で音楽をする意識が変わったと思う。

   一番大切なのは、リラックスすることだ。でないと本来の力が発揮できない。リラックスしていれば、どんな観客相手にも、音楽はそのマジックを起こしてくれるだろう。

   Music is magic. 音を楽しもう。


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久住昌之(くすみ・まさゆき)

マンガ家・ミュージシャン 
1958年東京都出身。法政大学社会学部卒。美学校・絵文字工房で赤瀬川原平に師事。81年に和泉晴紀氏と組み「泉昌之」名でマンガ家デビュー。デビュー当時からバンド演奏や作詞作曲など音楽活動にも注力してきた。ほかにイラストやデザイン、切り絵なども手がける。94年に谷口ジロー氏と組んで発表したマンガ『孤独のグルメ』がヒットし、イタリアやフランスなど10カ国で翻訳されている。99年、実弟の久住卓也と組んだマンガユニット「Q.B.B.」で制作した『中学生日記』が第45回文藝春秋漫画賞を受賞。2019年3月、自身で絵と文を手がけた子ども向け絵本『大根はエライ』で第24回日本絵本賞を受賞。

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