イヤホンの歴史 3  カナル型イヤホンの誕生 ~なぜ「耳栓型」イヤホンは広まったのか~

    前回は、1979年に「ウォークマン」という画期的なオーディオプレーヤーがソニーから誕生したことによって、「ポータブルオーディオ」という新しいジャンルが生まれ、音楽がいつでもどこでも楽しめるようになったところまでをお話ししました。ポータブルオーディオに必須の存在として、音楽鑑賞用のイヤホンが誕生したわけですが、この時点で普及していたのは、今でいう「インイヤー型」と呼ばれる耳に引っ掛けるタイプでした。

    「インイヤー型」は、素早く装着できる利点がありましたが、その一方で、人によっては耳からこぼれ落ちやすい、音漏れがする、などのデメリットもありました。それらを解決する存在として1990年代から普及し始め、現在主流となっているのが「カナル型」と呼ばれるイヤホンです。

補聴器の技術を活用したカナル型イヤホン

    漢字で「耳栓型」と書かれることもあるカナル型イヤホンは、その名の通り、耳穴に差し込んで固定するタイプのイヤホンです。特徴は、耳穴から落ちにくいこと、遮音性が高いため騒音に邪魔されずピュアな音を楽しめることです。これは、イヤホン本体のノズル部分(耳穴に入れる部分)にシリコンやフォームタイプのイヤーピースを使うことで、しっかりと装着できるからです。こういったメリットもあって、特に日本国内ではシェアの大半を占める製品となりました。

    カナル型イヤホンは、もともと補聴器の技術を活用したもので、オーディオ製品としての普及も最初はプロフェッショナル向け、ステージ用のモニターイヤホンが始まりでした。そのスタートとなったのは、1991年にEtymotic Research社から発売された「ER-4」です。

1991年発売のEtymotic Research社「ER-4」(写真は第二世代機「ER-4P」。ER-4とはカラーのみ異なる)。あたかも水泳で使う耳栓のようなイヤーピースが付属し、遮音性を高めている。写真提供:完実電気
1991年発売のEtymotic Research社「ER-4」(写真は第二世代機「ER-4P」。ER-4とはカラーのみ異なる)。あたかも水泳で使う耳栓のようなイヤーピースが付属し、遮音性を高めている。写真提供:完実電気

    Etymotic Research社は、米国イリノイ州に本拠を置く聴覚技術の研究・開発・製造を行っている企業です。1980年代後半にはBA(バランスドアーマチュア)型と呼ばれる、イヤホン/ヘッドホンで一般的に使われているダイナミック型に比べて、圧倒的に小型のドライバーユニットを使用した聴覚研究のテスト用製品を作り出していました。その製品版となったのが、この「ER-4」です。カナル型ならではの保持力と密閉性の高さ、BAドライバー採用による小型軽量さにより、「ER-4」はモニターイヤホンとして大いに好評を博し、現在もほぼ変わらない外観を持つ発展型が作り続けられています。

ロックバンド、ヴァン・ヘイレンとカナル型イヤホンの意外な関係とは?

    一方で、1995年頃から、音楽のライブステージで、ミュージシャンがステージ上の大きな音の中でも、自分の楽器や声、他楽器とのミックスバランスをしっかり聴けるプロ用のツールとしてカナル型イヤホンが普及し始めます。

    そのきっかけとなったのは、Jerry Harvey(ジェリー・ハービー)という人物の活躍です。当時の彼は、米国のロックバンドである、VAN HALEN(ヴァン・ヘイレン)のライブ時にPA(観客に聞きやすくするための音の調整)を担当し、音響エンジニアとして活躍していました。そんなジェリー・ハービーが、ドラマーのAlex Van Halen(アレックス・ヴァン・ヘイレン)のリクエストに応え、片側にBA型ドライバーを2基搭載したカナル型のステージ用モニターイヤホンを開発したのです。こちらの製品は、ステージでも演奏がしっかり聴こえ、なおかつ、これまでのようにモニタースピーカーで大きな音を出さなくて済むので聴覚も保護できると、アレックスが大いに気に入りました。そして、ジェリー・ハービーはこのカナル型モニターイヤホンの市販化を決意。Ultimate Ears社を興すこととなりました。

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ヴァン・ヘイレンのドラマー、アレックス・ヴァン・ヘイレン。ステージ上の轟音から、聴覚を保護し、より良い演奏を行うために、モニターイヤホンをジェリー・ハービーに依頼した。(出典:Flickr: Alex Van Halen - Van Halen Live 撮影:Craig ONeal Wikimedia Commonsより)

    実際、Ultimate Ears社のステージ用モニターイヤホンは大いに好評を博し、一時期は75%までのシェアを獲得していたという話もあります。その後、Ultimate Ears社のステージ用モニターイヤホンを共同開発したWestone社が、当時マイクやアナログレコード用カートリッジなどで有名だったSHURE社ともカナル型イヤホン(もちろんステージ用です)を開発したり、自社ブランドでも発売をスタートしたりするなど、アメリカ西海岸を中心に、ジェリー・ハービーが起こした潮流は大きく広がっていきました。

ダイナミックドライバー搭載市販モデルとして世界初となる「MDR-EX70」シリーズが登場

    そして1999年には、ソニーからダイナミックドライバーを搭載したリスニング向けカナル型イヤホンが、世界に先駆けて発売されました。それが「MDR-EX70」シリーズです。こちらの製品は、新たに開発した9mm口径の小口径ダイナミック型ドライバーを搭載しており、BA型を採用しているステージ用モニターイヤホンとは異なる成り立ちを持っているのが特徴です。実は、Etymotic Research社やUltimate Ears社などのステージ用モニターイヤホンは、部品として高価なBA型ドライバーを搭載していることや限定された用途(と生産数)のため、かなりの高額製品となっていました。それに対して「MDR-EX70」シリーズは、リスニング用として購入しやすい現実的な価格で展開してきたのです。それにより、リスニング向けカナル型イヤホンという新しい潮流が誕生しました。

写真はソニーの「MDR-EX70」シリーズ。約4グラムと軽量で、シリコンゴム製イヤーピースが付属。迫力ある重低音を実現した。手頃な価格で、国内だけでなく海外でも人気機種となった。写真提供:ソニー
写真はソニーの「MDR-EX70」シリーズ。約4グラムと軽量で、シリコンゴム製イヤーピースが付属。迫力ある重低音を実現した。手頃な価格で、国内だけでなく海外でも人気機種となった。写真提供:ソニー

    その後、2000年代に入ってからはステージ用モニターイヤホンをリスニング用高級製品として活用するブームや、各社がカナル型イヤホンの優位性に気付いてダイナミック型ドライバー搭載モデルを発売するなど、製品数が一気に拡大し、爆発的にシェアを拡大していきました。 そのなかには、SHURE「E2c」など(ステージ用モニターイヤホンでありながらも)ダイナミック型ドライバーを搭載した製品もあり、各社が互いの影響を与え合ってきたことがうかがえます。こうして、カナル型はイヤホンの主役に躍り出ることとなったのです。

2003年に国内で発売され、iPodを始めとするデジタルオーディオプレーヤーの普及も相まって、大人気となったSHUREの「E2c」。イヤホンのコードを耳の後ろに掛けて装着する「シュア(SHURE)掛け」も広まった。写真提供:完実電気
2003年に国内で発売され、iPodを始めとするデジタルオーディオプレーヤーの普及も相まって、大人気となったSHUREの「E2c」。イヤホンのコードを耳の後ろに掛けて装着する「シュア(SHURE)掛け」も広まった。写真提供:完実電気

BA型ドライバーの小型軽量さを活かしてステージ用モニターイヤホンには多数搭載されている。リスニング用の高級イヤホンとしても人気が集まっており、代表例のひとつがSHUREの現行機種である「SE535」だ。写真提供:完実電気
BA型ドライバーの小型軽量さを活かしてステージ用モニターイヤホンには多数搭載されている。リスニング用の高級イヤホンとしても人気が集まっており、代表例のひとつがSHUREの現行機種である「SE535」だ。写真提供:完実電気

【筆者プロフィール】
野村ケンジ(のむら・けんじ)
ヘッドホンやカーオーディオ、ホームオーディオなどの記事をメインに、オーディオ系専門誌やモノ誌、WEB媒体などで活躍するAVライター。なかでもヘッドホン&イヤホンに関しては造詣が深く、実際に年間300モデル以上の製品を10年以上にわたって試聴し続けている。また、TBSテレビ開運音楽堂「KAIUNセレクト」コーナーにアドバイザーとしてレギュラー出演したり、レインボータウンFMの月イチ番組「かをる★のミュージックどん丼792」のコーナー・パーソナリティを務めたりするなど、幅広いメディアに渡って活躍をしている。


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