音楽とわたし 音楽が運んできた風の記憶
燃え殻 さん

illustration : michihiko
illustration : michihiko

   中途半端な偏差値の私立高校生だった僕は、教室では必ず窓側の後ろから二番目の席を確保していた。席替えだと言われても、必ず後ろから二番目の席を死守していた。

   「あいつはああいうヤツだから」。

 

   そう言われて煙たがられていたので、誰も強くは言ってこなかった。だけど、「ああいうヤツ」になってしまったことにより、友達は誰もいなかった。

 

   その日も、いつも通り教室の窓を数センチだけ開けていた。袖の中にイヤフォンのコードを通し、制服の内ポケットに忍ばせたウォークマンの再生ボタンを押す。頬杖をついているフリをしながら、イヤフォンを左耳に差し込む。数センチ開いた窓から、金木犀の匂いが少しだけ香った気がした。風が吹き込む。ところどころ黄ばんだカーテンが微かに揺れていた。古文の教師はその日、本当は小説家になりたかった、というような話を熱心にしていたのを憶えている。古文とはまったく関係のない、アメリカ文学の素晴らしさについて熱く語っていた。

 

   前の席に座っている伊藤さんがおもむろに振り返り、無言で校庭の隅にあるプールの方を指差した。僕は頬杖をついた姿勢を保ちつつ、彼女の指差す方に目をやった。フェンスをよじ登って、プールの敷地に入ろうと試みる他のクラスの男子が、数名確認できた。彼女は口元を抑えながらニヤニヤして、声を出さずに笑った。左耳からは、バービーボーイズの『女ぎつねon the Run』がかかっていた。1989年の秋だった。

 

   彼女は自分の左耳を指差して、口の動きだけで「なに聴いてるの?」という。僕は左耳に突っ込んでいたイヤフォンを抜くと、左腕をそのまま伸ばして、彼女の耳にイヤフォンを差し込んだ。左手が、彼女のショートカットの髪に触れる。数センチ開いた窓から、今度はさっきより強い風が吹き込んできた。カーテンが、ババババババと音を立てて暴れ出し、クラスの何人かがこちらに注目する。熱心に自分の夢を語っていた教師も、カーテンの動きに合わせて目をキョロキョロさせてから、最終的に僕と目が合った。僕はもうその時には、彼女の耳から手を離していたし、彼女も何もなかったように前を向いていた。はずだ。もしかして左袖から、だらしなくイヤフォンが顔を出していたかもしれない。

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   先日、上野のダサくて優しい友人がやっている、ダサい喫茶店でコーヒーを飲んでいると、『女ぎつねon the Run』がかかった。三十年ぶりぐらいだろうか。友人は、自分でかけておきながら、「懐かしい〜」なんて言って、KONTAの口真似をしながらハモってみせた。今でも金木犀の匂いを嗅ぐと、伊藤さんのことを一秒だけ思い出す。僕たちが卒業してから四年後、校舎は立派な鉄筋の三階建てに建て替えられたらしい。あの日、カーテンが揺れていた。伊藤さんの美しい髪も風に吹かれて揺れていた。母親以外の異性に初めて触れた時、流れていた曲は、『女ぎつねon the Run』だった。彼女はあれから一度でもこの曲を聴いただろうか。


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燃え殻(もえがら)

1973年神奈川県出身。都内のテレビ美術制作会社に勤務。会社員でありながら、小説家、エッセイストとしても活躍。週刊SPA!にてエッセイ『すべて忘れてしまうから』を連載中。新潮社yomyomにて小説『これはただの夏』を発表。2017年6月30日、小説『ボクたちはみんな大人になれなかった』(新潮社)がベストセラーになる。

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