〔 音とデザイン 第3回 〕

美しさにはデザイナーの「生命観」が問われる
コンセプター坂井直樹さん×デザインエンジニア山中俊治さん

クリエーターとしての作曲家にシンパシーを感じて

坂井:山中さんのお仕事に対するスタンスがわかったところで、今度はやわらかいテーマで、よく聴く音楽をぜひ教えてください。

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山中:クラシックが好きでよく聴きます。それと、クラシックの作曲家たちの生涯には興味がありますね。ある意味では彼らは、大衆商品をつくっていたクリエーターです。伝記や関連する書籍を読んでいると、なんか俗っぽいことで常に悩んでいて(笑)。また、それぞれの作曲家に個性があり、何を価値観として音楽をつくっていたかがわかると、楽しくなります。どこか自分と近しいものも感じます。

坂井:山中さんからそういう話は初めて聞きました!

山中:例えば、ショパンとリスト。彼らが活躍したのは19世紀前半で、二人ともおそろしくピアノがうまい人です。で、リストは自分で楽曲をつくりながらも「ショパンはすばらしい。ショパンの楽曲をピアノで弾くのは最高だ」とショパンに思い入れている。ショパンは「リストが私の曲を弾く分にはいいけれど、リストの作曲するものは最低だ」と言っちゃう(笑)。たしかにリストの曲を聴くと、すばらしい楽曲が多いけれど、ショパンに比べるととても技巧的で。ショパンが自由奔放につくる感じに比べると、リストは考えてつくっている感じがします。......と、そんなふうに音楽を聴いているから、純粋に音楽を楽しんでいると言えるかどうか、わかりませんね(笑)。

坂井:ははは。クリエーターはどこかでライバルのことを気にかけるものですよ。

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山中:19世紀後半から20世紀初頭にかけて活躍したマーラーもおもしろい。マーラーはあらゆる作曲技法に精通していて、きれいなメロディーをつくる万能の巨人。音楽的な価値観としてはロマン派で、最後のロマン派といわれます。そして、積み上げてきた技術の粋を極めた、集大成的な楽響曲をいくつも完成させた。しかし、マーラーとほとんど同時代に既にドビュッシーやラヴェルら印象派が台頭して、それまでとは異なる手法を取り入れた新しい音楽が生まれます。マーラーもきっと聴いたはずで、驚いたに違いありません。自分が極めた技術とはなんだったのか、と。そんなエピソードから僕は、たとえ技術が完成したとしても、それは古い価値観にもとづくものでしかない。自分の仕事にも、そういうリスクがあるな、と教訓を得た気がしました(笑)。

坂井:山中さんの分析を聞いていると、クラシック音楽から学べることは、実に多いですね(笑)。

山中:音楽がいいなと思うのは、自分の仕事と近すぎないこともありますね。僕は作曲について詳しくはわからないけれど、わからないからこそ作曲家たちのそういった話を楽しめる。たとえば、デザイナーや美術家のストーリーだったら、自分の仕事と近すぎて、いちいち細かいところに反応してしまいそうです。ディテールがわからないくらいの距離感が、自分の創作や仕事には影響がなくて、ちょうどいいなと思います。

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