2024年 4月 25日 (木)

業務上の「未回収金」 ぜんぶ自腹で穴埋めするの?

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   グローバル化の進行をきっかけとして、これまで職場で常識とされてきた対応が、いつのまにか不適切とされることも少なくない。ある退職予定者は、長年の取引先からの未回収金を問題視され、退職金からの引き去りを求められて困っている。

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退職目前にして取引先が倒産、夜逃げ

――小さな機械商社の営業マンです。今年9月で満60歳となり、定年を迎えます。19歳からこの会社で働き続け、高度経済成長期には会社の売上に貢献してきたという自負があります。
   ところが定年間近になり、これまでにない不景気を経験しています。特に最後の3年間は、ありえないことの連続でした。取引先の倒産や夜逃げが相次ぎ、工場を訪問したら、もぬけの殻だったことなども1度や2度ではありません。
   長年の取引に免じて売掛金の回収を待っているうちに、突然倒産してしまった案件もあります。ほかにも、つき合いの古い取引先からの値引き交渉を断れなかった案件もあり、未回収額が積み重なっていきました。
   これまでなら、景気が戻れば穴埋めをしてもらえたのですが、そんな光も見えぬまま定年を迎えることになります。気を揉んでいたところ、折り悪く高齢の社長が引退し、社外から新しい社長を迎えることになりました。
   新社長はすぐに未回収金を見つけ、私に「直ちに回収するように」と指示しました。必死に客先を回り、無理に支払いをお願いしたところもあります。しかし現時点で合計350万円ほどが、いまだ回収不可能な状態です。今後の見通しも暗いです。
   新社長は私を部屋に呼んで、こう言いました。

「Aさん、これまで本当にがんばってくれたそうですね。しかし会社も、他の社員の給与を払えなくなっては困るのです。未回収金は全額、退職積立金から引かせてもらうことにしますので、よろしくお願いします」
   当てにしていた退職金が、思わぬ形で大幅に減額されそうな危機にショックを受けていますが、自宅のローンも残っており、今後の人生設計を考えると不安です。会社の要求は、本当にのむしかないのでしょうか――

臨床心理士・尾崎健一のコメント
業務上の未回収は会社にも責任がある

   会社は従業員の働きによって収益を上げています。儲かった分はすべて会社の利益、損失分はすべて個人の負担ではバランスが悪いでしょう。Aさんがウソを言ってごまかしていたり、故意に会社に損失を与えたりしないかぎり、業務上の損失は会社が一定の責任を負うべきです。

   会社や上司は従業員の働きに対して、どのような管理を行っているのでしょうか。経済環境がこれほど急激に変化する状況では、Aさん任せにしていた会社の管理責任は免れません。もし全額賠償がまかり通れば、他の従業員は安心して仕事ができませんし、未回収金をごまかす新たな不正手段を生み出すきっかけにもなります。

   長く働いてくれた従業員の功績は、会社にとって計り知れないはずです。会社はAさんから聞き取りをして過失の程度を確認し、再発防止策を検討しつつ、Aさんへの請求を見送ることもありうるでしょう。なお、先代の社長への相談は、事情もよく聞かずに「裏切られた!全額弁償だ!」とならないとも限らないので、慎重にすべきです。

社会保険労務士・野崎大輔のコメント
裁判でも賠償額は4分の1程度では

   個別の状況にもよりますが、今回のようなケースが裁判に及んだ場合、Aさんの賠償額は全賠償額のおおむね4分の1、多くても半額程度にとどまるのではないでしょうか。裁判所が損害賠償額を決めるときには、会社の事業規模や業務内容、労働条件、社員の勤務態度や加害行為の内容、損失に対する会社側の配慮、Aさんの賠償能力など、さまざまな要素が勘案されます。Aさんに故意または重大な過失がある場合を除いて、全額の負担を求められることはありません。

   長年在籍した会社に対しては恩義を感じているとは思いますが、Aさんは過重な負担を背負う必要はありません。会社から未回収金を全額控除をされてしまう前に、弁護士などの専門家に相談して法的な対抗措置をとった方がよいでしょう。各地の労働基準監督署に相談し、裁判外で紛争を解決する「個別労働関係紛争解決制度」を活用して、和解をあっせんしてもらうことも有効と思われます。


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(本コラムについて)
臨床心理士の尾崎健一と、社会保険労務士の野崎大輔が、企業の人事部門の方々からよく受ける相談内容について、専門的見地を踏まえて回答を検討します。なお、毎回の相談事例は、特定の相談そのままの内容ではありませんので、ご了承ください。

尾崎 健一(おざき・けんいち)
臨床心理士、シニア産業カウンセラー。コンピュータ会社勤務後、早稲田大学大学院で臨床心理学を学ぶ。クリニックの心理相談室、外資系企業の人事部、EAP(従業員支援プログラム)会社勤務を経て2007年に独立。株式会社ライフワーク・ストレスアカデミーを設立し、メンタルヘルスの仕組みづくりや人事労務問題のコンサルティングを行っている。単著に『職場でうつの人と上手に接するヒント』(TAC出版)、共著に『黒い社労士と白い心理士が教える 問題社員50の対処術』がある。

野崎 大輔(のざき・だいすけ)

特定社会保険労務士、Hunt&Company社会保険労務士事務所代表。フリーター、上場企業の人事部勤務などを経て、2008年8月独立。企業の人事部を対象に「自分の頭で考え、モチベーションを高め、行動する」自律型人材の育成を支援し、社員が自発的に行動する組織作りに注力している。一方で労使トラブルの解決も行っている。単著に『できコツ 凡人ができるヤツと思い込まれる50の行動戦略』(講談社)、共著に『黒い社労士と白い心理士が教える 問題社員50の対処術』がある。
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