NASAがチリ落盤事故の救助支援をした理由

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   今回から3回に分けて、宇宙飛行士の国際宇宙ステーション長期滞在を支援したJAXA(宇宙航空研究開発機構)の井上夏彦・主任開発員が、宇宙空間におけるストレスの特徴や、その対処法について解説します。

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宇宙と地底には共通点が多かった

NASAの支援策について語るマイケル・ダンカン博士(NASAのホームページより)
NASAの支援策について語るマイケル・ダンカン博士(NASAのホームページより)

   2010年8月5日に発生した、南米チリ北部の落盤事故。一時は絶望視された作業員は、約2か月後の10月13日午後9時55分、33人全員が無事救助されました。

   この救助活動で、チリ政府はNASA(アメリカ航空宇宙局)に支援を依頼し、8月末に専門家が現地入りしています。その理由は、地下700メートルの深い地の底と、地上400キロ離れた国際宇宙ステーションとの間には、多くの共通点があったからです。

   実際、極限環境の宇宙飛行士を支援するNASAのノウハウは、救出を待つ作業員のストレス軽減と士気の維持に大いに役立ったようです。

   チリの作業員たちは気温30度以上、湿度80%以上とみられる劣悪な環境の坑道に閉じ込められていました。当初、救出は年末になるともいわれ、彼らが受けたストレスの強さやいかばかりであったかと思います。

   一方、国際宇宙ステーションに長期滞在する宇宙飛行士は、次のようなストレスを受けています。

(1)ひとつの事故や不注意が命取りになる危険な環境に暮らす「緊張感」
(2)閉鎖・隔離された環境と、それに起因する「孤独感」や「隔絶感」
(3)固定されたクルー構成と、それに起因する「対人関係ストレス」

   私も、若田飛行士や野口飛行士の国際宇宙ステーション長期滞在を支援した経験がありますが、作業員たちが閉じ込められている映像からも、宇宙飛行士とよく似たストレッサーにさらされていることが分かりました。

地上で働く人も油断できない

   作業員と宇宙飛行士は、ストレスを解消する手段が非常に限られているという点も共通しています。このような環境に長いこと置かれると、一般的に次のような精神的な悪影響が生じることが知られています。

A.不安感が強まったり、抑うつ状態になったりする
B.判断力や集中力が低下する
C.神経疲労や不眠などの症状が起こる
D.引きこもりになったり、他人への敵意が強まったりする
E.何かを行う動機や士気が下がる

   NASAは、これらの悪影響により宇宙飛行士の健康状態やミッションの成功が損なわれないように、さまざまな対策を講じています。この対策法の伝授こそが、チリ政府がNASAに支援を依頼した最大の要因です。

   地上の私たちは、仕事で行き詰まったり家庭内でいざこざがあったりするときには、散歩に行ったり買い物をしたり、お酒を飲んだりすることができます。しかし、宇宙飛行士も鉱山の作業員たちも、そのどれもができない状況に置かれているのです。

   とはいえ条件によっては、地上の私たちも過酷な環境に置かれていると見ることもできます。閉鎖・隔離された建物の中、固定されたスタッフ構成の中で働く職場もあります。高い緊張感を長時間要求される仕事もあるでしょう。疲弊して、気晴らしもできない状況にあるかもしれません。

   このような強いストレス環境に置かれている人は、上に挙げた精神的な悪影響が表れていないか、十分注意することが必要です。次回、宇宙飛行士のストレス対策をあげることにします。


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今回の筆者:井上 夏彦(いのうえ・なつひこ) 独立行政法人宇宙航空研究開発機構・有人宇宙技術部・主任開発員。宇宙飛行士の健康管理のうち、精神心理支援を担当。若田光一飛行士と、野口聡一飛行士の国際宇宙ステーション長期滞在を支援した。筑波大大学院で博士号(医学)を取得。

筑波大学大学院・松崎一葉研究室
高度知的産業に従事する労働者のメンタルヘルスに関する研究を行い、その成果を広く社会還元することを目指している。正式名称は筑波大学大学院人間総合科学研究科 産業精神医学・宇宙医学グループ。グループ長は松崎一葉教授(写真)。患者さんを治療する臨床医学的な視点だけではなく、未然に予防する方策を社会に提案し続けている。特種な過酷条件下で働く宇宙飛行士の精神心理面での支援も行っている。松崎教授の近著に『会社で心を病むということ』(東洋経済新報社)、『もし部下がうつになったら』(ディスカバー携書)。
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