2024年 4月 26日 (金)

「こんな世の中では夢を持てない」という若者への疑問

   これまで書いてきたことについて、ネットユーザーに肉声で話をして欲しいと言われて、ニコ生×J-CAST「今の若者は本当に『不運』なのか」(2012年2月23日)という生放送に出演した。

   1時間あまりの間に、1万9000人近くの方に視聴いただいた。放送最後のアンケートでは、私の考えに「反対」「どちらかというと反対」という人が52.7%で過半数だったが、番組への評価は「とても良かった」「まあまあ良かった」が65.1%だったということは、楽しんでいただけた視聴者も多かったのだと思う。

   2万件を超えるコメントには厳しい内容も多かったが、関心を持っていただけることはありがたい。現在でも会員はタイムシフト視聴できるようなので、ぜひご覧いただきたい。

歴史的、国際的な比較でモノを見ることも必要

「ニコニコ生放送」に出演。司会は小口絵理子さん
「ニコニコ生放送」に出演。司会は小口絵理子さん

   放送中のコメントで目についたのは、「われわれ若者世代は恵まれていない」「昔は貧乏だったが、夢や希望があった」といった旨の書き込みだった。

   さまざまなものが不足する状態で、それを満たそうとしている間の方が幸せであり、満たされてしまえば不幸になるというのも、考えてみればおかしな話だ。しかし人の心理は、そういう「錯覚」をもたらすのだろう。

   繰り返しになるが、いま映画になって美化されている昭和30~40年代の日本では、多くの人たちはいまよりもずっと貧しく、ひどい生活をしている人も少なくなかった(もちろん終戦前後よりはよかっただろうが)。誰もが「今よりいい生活がしたい」と思っていた。このことは、歴史的事実として踏まえておいた方がいい。

   また、欧米の若年者失業率との比較が示されたときも、「スペインと比べてどうする」「いまの日本で恵まれていないと感じている。他国のことを言ってもしようがない」というコメントも見られた。これもおかしな話だと思う。

   そもそも、恵まれているかどうかというのは、比較の問題でしかない。よりよい環境を求めて努力するのならまだしも、与えられた環境に不平を漏らし、他人をうらやむ場合には、歴史的、国際的な比較を踏まえることは、最低限の知的な態度として必要だ。

   歴史からも学ばず、他国の状況を中途半端にしか知らないことが、自分たちを必要以上に「不幸」「不運」と思わせている可能性もある。きちんとした情報を踏まえ、自分たちの置かれた状況を客観的に評価していただきたい。

悩めるのも幸せ。「知らぬが仏」には戻れない

   もっとも「知らぬが仏」ということわざもある。下手に本当のことを知らない方が幸福だ、という意味だ。世界最貧国の一つであり、教育水準が低く平均寿命が70才に満たないブータンの国民が自らを幸福だと感じているとすれば、それは彼らが「知らないから」かもしれない。

   もし彼らが、日本の衣食住や医療、教育の実態を知ったとしたら、自分たちの環境に疑問を感じるのではないか。

   若い人にはぜひ、海外の若者がどういう暮らしをしているかを、自分の目で見てほしい。実際に行くのが難しければ、本などの情報でもよい。中国やインドのような厳しい環境でなくとも、アメリカやイギリスやフランスだっていい。そういう国の一般的な若者の厳しい現状を知れば、少しは気分がラクになる。

   幸か不幸か、情報化社会の最先端にいる現代の若者は、悩むに足るだけの情報に晒されている。「現実」を知れば知るほど「夢」を感じることは少なくなるものだ。

   夢を感じられない理由として、選択肢の多さもあるかもしれない。そのために悩むことが増えた、とは言えるだろう。しかし、悩むことができるというのは幸せなことでもある。

   昔は職業が安定的だった、という説がある。たとえば「一流大学から官僚になったり、一流企業に行けば一生安泰」というコースがあった、と。こういう特権がなくなるのは、それを享受してきた人には確かに問題だ。

   しかし、それ以外の(大半の)人には無関係だし、むしろ多くの人にチャンスが広がることをプラスと考えるべきだ。私自身、リストラされたことも、ヘッドハンティングで転職したこともあるが、最初の就職で一生が縛られることがなくて心底良かったと思う。

運命の下で前向きに頑張って生きていく

   かつて農家の子供は農家に、職人の子供は職人に、という以外に選択肢はほとんどない時代があった。そういう状況から比べれば大きな進歩とは言えないだろうか。

   最後に、バブルに乗って派手な生活を送った一部の人をうらやんで、「やっぱりあの人より自分は不幸だ」という話をしてもナンセンスだ、ということを付け加えておこう。日本の高度経済成長は、世界史上稀に見る順調な時期だった。

   衣食住は足りているのに「なんで私には宝くじが当たらないの?」と下を向いて一生を送るのは、愚かなこととは言えないだろうか。それよりも、前の世代の頑張りで得た果実を、自分が生きているうちにエンジョイできる幸運を喜ぶべきだ。

   もちろん、気の毒なほど不遇な人も世の中にはいるが、それ以外の人でも日本人は必要以上に物事を悲観的に考える傾向にある。知的レベルが高く、まじめでネクラで、自分なんてまだまだと感じる人が多い。日本はこの国民性のおかげで向上心を持ち頑張って豊かになった面があるので、悪い面ばかりとは言い切れない。

   しかし、今の日本人ほど良い暮らしをしている人は人類史上ほとんどいないのが事実なのだから、不平を言って暮らすより、その立場をせいぜいうまく使って前向きに生きていくべきだと思う。現に、日本の食べ物は世界的に見ても本当においしいし、あんなハイテクなトイレで用を足している人は世界に一握りしかいない。

   自分の生まれ落ちた時代や境遇は変えられない。どうしようもないことに悩んでも無駄であり、与えられた運命の下で前向きに頑張って生きていく――。われわれはこういう心構えでいるしかない。宝くじに当たった人が、その後も幸せな一生を過ごせるとも限らない。(小田切尚登)

小田切尚登
経済アナリスト。明治大学グローバル研究大学院兼任講師。バンク・オブ・アメリカ、BNPパリバ等の外資系金融機関で株式アナリスト、投資銀行部門などを歴任した。近著に『欧米沈没』(マイナビ新書)
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