2024年 4月 23日 (火)

若手育成を徹底、去る者は追わず プロ野球・日本ハムのユニーク人材起用術

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   プロ野球界では、戦力拡大のために大物外国人や実績のある選手をフリーエージェント(FA)で獲得する球団は少なくない。だが「札束攻勢」によるチーム強化に背を向けるのが、北海道日本ハムファイターズだ。

   将来性の豊かな若手を鍛え、中心選手に育て上げる。この手法を貫き、かつての「万年Bクラス」から毎年優勝争いをするチームに変貌した。

「育成型チーム」を方針に「無用なお金をかけない」

「一番大事なのはプレーする選手」ということを見失っている監督もいそうだ
「一番大事なのはプレーする選手」ということを見失っている監督もいそうだ

   2013年シーズン最大の目玉となっているのが、日本ハムのドラフト1位、大谷翔平選手だろう。2012年のドラフトで栗山英樹監督は、メジャー挑戦を公言していた大谷選手をあえて「強行指名」した。

   交渉に当たっては「夢への道しるべ」と題した30ページの資料で口説き、本人の希望でもあった投手と野手の「二刀流」挑戦を約束した。大谷選手は開幕後、1軍で投手として1勝、野手としては右翼を任され、26試合で打率3割を超えている(2013年6月19日現在)。

   18日には5番ピッチャーの「1試合で二刀流」を実現した。この起用法には賛否あるが、ほぼ前例のない挑戦を球団として全面的にバックアップすると同時に、若手を積極的に起用する姿勢が見られる。

   日本ハムが北海道に本拠地を移したのは2004年。移転後はリーグを4度制し、2006年には日本一に輝く強豪に生まれ変わった。札幌ドームが満員になる試合も、決して珍しくない。だが移転前は1981年を最後にリーグ優勝からも遠ざかり、およそ人気球団とは言えなかった。

   チームに変化をもたらした中心人物が、2006年から11年3月まで球団社長を務めた現・近畿大学特任教授の藤井純一氏だ。著書「監督・選手が変わってもなぜ強い?」(光文社新書)の中で、強化方針を明かしている。それは「育成型チームになる」というものだ。

   具体的には、トレードや外国人選手に頼らず、ドラフトで獲得した選手を成長させていく。ファームでみっちりと鍛え、1軍で起用して勝利に貢献できる選手に育てるサイクルを確立させるというのだ。

   これは「無用なお金をかけない」ことでもあると、藤井氏は続けている。チームの予算内でやりくりし、それをオーバーしてまで現役大リーガーや高額なFA選手を引っ張ってくる方法はとらない。

   現代の球界を取り巻く環境とは一線を画しているようにも見えるが、実際にこの強化哲学を貫き、毎シーズンのように優勝候補に挙げられる充実した戦力を保てるようになった。

他球団や大リーグへの移籍希望者は追わない

   ドラフトで獲得した選手をチームの「顔」に育てる―――。日本ハムの過去10年のドラフト1位指名選手、なかでも高校生に注目すると、いかに中心選手として育ってきたかが分かる。

   2004年のダルビッシュ有投手は入団2年目に12勝を挙げると、以後は毎年2ケタの勝ち星をマーク。2012年には大リーグにわたり、今では「日本のエース」に成長した。2006年1位の吉川光男投手は2012年に14勝と、才能が開花している。

   野手でも、2005年1位の陽岱鋼選手は2012年のオールスターに選出される活躍、そして2007年1位の中田翔選手は「不動の4番」として本塁打王を狙う。

   一方で、FAや大リーグ挑戦を理由に移籍を求める選手に対しては「去る者は追わず」が基本。ダルビッシュ投手だけでなく、かつてチームを支えた小笠原道大選手(現・読売ジャイアンツ)や森本稀哲選手(現・横浜DeNAベイスターズ)、田中賢介選手(現・サンフランシスコジャイアンツ3A)といった選手の流出で、一時的な戦力ダウンは避けられなかった。

   だがその後、新たな選手がポジションを獲得し、穴を埋めている。今季、大谷選手が守る右翼は、昨季までは糸井嘉男選手(現・オリックス・バファローズ)の定位置だった。残念ながら現時点ではパ・リーグ最下位だが、直近では4連勝中だ。

   巧みに人材を入れ替えつつ若返りを図り、ほぼ毎年Aクラスと実績を残す。育てながら勝つ組織づくりの成功は、球界に限らず他の業種でも参考になる部分が多いだろう。

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