「機械の側で小便も」の中国工場を大改革 成功導いたキーワード「S」とは

印刷

   懇意にさせていただいているある社長さんが、SNSでこんなつぶやきをしていました。

「今年事務所で飼い始めたチワワが可愛くてしょうがないのだけれど、オシッコの躾(しつけ)がまだまだで社長は余計な仕事が増えて大苦戦。躾の重要性を実感中!」

   このつぶやきから、私は銀行時代のある取引先を思い出しました。精密部品製造のM社。技術開発力は中小企業と思えないものがあり、大手企業からの引き合いも多くベンチャーキャピタルからは将来の上場予備軍たる有望企業として高い評価を得ていました。

工場の従業員管理が全くの機能不全

整理整頓のパワーとは
整理整頓のパワーとは

   しかし取引銀行の支店長としての私の印象は、技術者創業社長の会社にありがちな「技術力は高いが、管理面はボロボロ」といった状況。社長自身も「株主のベンチャーキャピタルさんからは、社内をしっかり統制させないと上場できないし、上場できないなら資本を引き揚げると脅かされて困っている」と、悩みを口にしていました。

   ベンチャーキャピタルの出資を受けたキッカケは、取引先大手企業からの受注増大とアジア企業の台頭による価格競争激化対策での工場移転でした。移転先は日系企業の進出が盛んだった中国。中国ビジネスのノウハウがない同社は、急遽専門家をスカウトして工場用地の手配、中国当局との折衝、ブローカーを通じた工場人員の確保を順調にこなし、創業来の社員である国内の工場長を中国に派遣して稼働にこぎつけました。

   ところがこの中国工場、稼働していきなり大きな壁にぶち当たりました。工場の従業員管理が全くの機能不全。パートの日本人女性工員を主力労働力とする国内の工場マニュアルをもとに運営管理を始めたことが、計算違いだったのです。中国人の作業姿勢は言うに及ばず、時間にルーズでラインに穴が空くこともしばしば。トイレが遠いからと、工場内の機械の陰で小便をする工員まで出る始末でした。

   工場長が「なんでこんな所で小便したんだ!」と叱ってはみたものの、「してはいけないと言われてない」と返したとか。製品の直行率は上がらず、コストは増すばかり。何のための中国進出だったのかと、社長のイライラはピークになり、工場長は精神的に参ってしまい無念の帰国を余儀なくされました。

   困った社長は、「経験者のノウハウに頼る以外にない」と多額の費用を投じて大手企業の中国工場長をスカウトすると言う苦肉の策に出たのです。白羽の矢が立った大手メーカー出身のNさんは、まさに中国工場で10年以上を過ごし工場長として大工場を日本式管理で完璧に統制させてきたプロフェッショナルでした。しかし、扱う製品が全く違うM社で果たしてそのノウハウが通用するのか、社内には疑問の声も上がっていました。

「統制の効いていない組織は『躾』が存在しないから」

   中国工場長に就任したNさんがまっさきに導入を提案したのは、いわゆる「5S」の考え方でした。「5S」とは、「整理」「整頓」「清掃」「清潔」「躾」の頭文字をとったもので、この5つの「S」を徹底して実践することで、現場の乱れを改善するというもの。比較的古くから日本の製造現場で実践された考え方でもあり、Nさんの発案を「5Sなんて古臭い」「美化運動が何の役に立つのか」と一蹴する社員がいたのも事実でした。

   しかし、Nさんには自身の経験から確かな持論がありました。

「5S運動では、昔から『整理』から順番に入りたがる人が多いのですが、私は違う。5Sの基本は『躾』がすべて。特に統制の効いていない組織は『躾』が存在しないからなのです。5Sを単なる美化運動に終わらせないためにも『躾』の徹底が不可欠です。作る製品は違っても、私はこれまで中国の工場をこれで変えてきた絶対の自信があります」

   社長から全権委任されたNさんは、細部にわたるルールを明文化して制定しそれを絶対に守らせる徹底した「躾」教育をおこないました。初めは戸惑っていた中国人労働者たちも次第になじみ始め、半年もする頃には「躾」教育に着いていけないものはドロップアウトし、自然淘汰の流れですっかり工場は統制の効いた製造ラインが出来上がったのでした。

   社長は、Nさん式「躾重視の5S作戦」の威力に圧倒されました。特にNさんの「統制の効いていない組織は『躾』が存在しないから」の一言が、胸に突き刺さったと言います。そこで、ベンチャーキャピタルからダメを出されている国内の業務統制も「躾」重視で根本的改善が出来るはずと、Nさんアドバイスの下に一気に手をつけるチャンスとばかりに、自ら陣頭指揮をとって動き出したのです。

   M社が着手した国内組織の「躾」とは、ルールや規定の整備と徹底、業務プロセスの定型化・標準化、社長以下社員の行動規範の制定と浸透、などです。それはイコール上場の基盤づくりにそのままなり、Nさんが基礎固めした中国工場の本格稼働による業績の進展ともリンクして、3年後にはめでたく株式上場を果たしたのでした。

「『躾』は身を美しくと書きます。当社は中国工場の改善で着手した『躾重視の5S作戦』で、経営者も社員も会社運営でも身を美しく保つことの大切さを学ばせてもらいました。この『躾』という会社経営不動の軸をもって、これからも当社は発展を続けてまいります」

   上場記念パーティ席上で、社長は大変印象的な挨拶を聞かせてくれました。(大関暁夫)

大関暁夫(おおぜき・あけお)
スタジオ02代表。銀行支店長、上場ベンチャー企業役員などを歴任。企業コンサルティングと事業オーナー(複合ランドリービジネス、外食産業“青山カレー工房”“熊谷かれーぱん”)の二足の草鞋で多忙な日々を過ごす。近著に「できる人だけが知っている仕事のコツと法則51」(エレファントブックス)。 連載執筆にあたり経営者から若手に至るまで、仕事の悩みを募集中。趣味は70年代洋楽と中央競馬。ブログ「熊谷の社長日記」はBLOGOSにも掲載中。
  • コメント・口コミ
  • Facebook
  • twitter
コメント・口コミを投稿する
コメント・口コミを入力
ハンドルネーム
コメント・口コミ
   

※誹謗中傷や差別的発言、不愉快にさせるようなコメント・口コミは掲載しない場合があります。
コメント・口コミの掲載基準については、コメント・口コミに関する諸注意をご一読ください。

注目情報PR
追悼
シニアの健康ライフ
Slownetからのおすすめ記事(提携)

お知らせ

電子書籍 フジ三太郎とサトウサンペイ 好評発売中