2024年 4月 25日 (木)

長寿企業は「不易」「流行」の二兎追う 社長のバランス感覚、大丈夫?

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   私が主宰する交流フォーラムに国内有数の長寿企業の経営者をお招きして、その経営姿勢に関するお話をうかがい、長寿経営の秘訣を学ばせていただきました。

   お招きしたのは、室町時代末期から続く名門酒造T社の十六代目経営者Yさん。酒店から発祥して酒造りに展開され、現在は総合酒類製造販売業を営んでいます。

  • 約400年続く名門酒造は、現在も「進化」している(写真は、イメージ)
    約400年続く名門酒造は、現在も「進化」している(写真は、イメージ)
  • 約400年続く名門酒造は、現在も「進化」している(写真は、イメージ)

長寿企業の歴史は「不易流行」の繰り返し

   名門酒造のT社は約400年の社歴において、幾多の浮き沈みがあったであろうことは想像に難くありません。YさんがT社の沿革を紐解く中で、何度も口にしたキーワードは「不易流行」というものでした。

   「不易流行」。江戸時代の俳人、松尾芭蕉が提唱したと言われる俳諧理念で、「不易」とは永遠に変わることのない伝統やしきたりを意味し、「流行」とは常に新しさを求めて機敏に変化する様を意味しています。

   一見すると相反するかのように思えるこの二つの言葉ですが、風雅に根ざす根源は同じであり、共に同じように大切にすべきものである、と芭蕉は説いたのだと言います。

   会社経営にこの「不易流行」の考え方をあてはめられるのであれば、企業としての社会的使命をしっかりと認識したうえで築かれた創業の精神や基本理念を脈々と受け継ぎ、経営の舵取りをしつつも、常に時代の流れを察知しながら、新しい試みにチャレンジしていく姿勢を忘れない、そんなところになろうかと思います。

   T社の場合には、お酒造りに決して手を抜かない、飲んでくれる方々の喜びを第一に考えてものづくりに精進する、というのが「不易」部分であり、一方で新種の酒米やさまざまな酵母を使った新たな日本酒づくりへのチャレンジや海外向けの通販サイトのオープンなどは、「流行」を担う精神であると言えるでしょう。

   脈々と続く長寿企業の歴史は、そんな「不易流行」の繰り返しに支えられてきたのだと、実感させられる話でありました。

創業者、二代目の「教え」を忠実に守った三代目

   Yさんの話を聞きつつ考えてみたのは、過去に私の周囲で一敗地にまみれてしまった二代目、三代目経営者たちのこと。「不易」「流行」のバランスを欠いていたのかもしれない、と思いあたることがありました。

   工業機械設計製造のI社は、戦時中に満州で創業したという社歴70年超の老舗企業で、N社長はオーナー家の三代目です。戦後復興の波に乗って爆発的に売り上げが伸び、一時期は従業員150人以上を抱えて上場も視野に入るほどの優良企業に成長しました。

   しかし、満州(現・中国東北部)からの引き揚げで痛い目にあったという創業者の教えに「借り入れは努めて慎重にせよ」との方針があり、二代目はそれをいつしか「借入は悪」との理解に転化させ、高度成長期の事業拡大チャンスにも銀行借り入れの売り込みを断り続け、自己資金で賄える範囲での事業に終始しました。

   その跡を受け、父の背中を見て育った三代目は、バブル崩壊後の低成長期におけるビジネス転換期においても、あくまでその教えを忠実に守り、内部留保を減らしても借入はしないという姿勢を貫きました。

   その結果、「投資」という考え方を理解できずに、新たな時代の流れに乗ることなく時代から取り残された設計・製造業として、今は数人の所帯で細々長年の取引を頼りになんとか事業を続けている、そんな状況に至ったのです。

   必要以上に「不易」に傾きすぎて「流行」を失った、そんな経営が導いた道であるように思えます。

先手先手で事業を拡大した「凄腕」二代目社長

   また、こんな例もあります。父の急逝で落日の繊維業M社を引き継いだ二代目Y社長は、父から継いだ会社を新規事業の展開で再生しようと、自らの関心が高かった飲食業界に進出しました。

   専門家をヘッドハントして立ち上げたイタリアンレストランは見事にあたり、一躍地域で注目の若手起業家としてもてはやされるようになりました。そんな1号店の成功に気をよくしたY社長は、店舗増設、別業態への展開など、拡大路線での方針を打ち出します。

   先代の時代からの参謀役であるナンバー2はじめ内部からは、同社の企業文化や社風を鑑みての反対意見が出されますが、銀行からの資金協力を得て次々と店舗新設に舵を切りました。

   しかし、人材育成やサービス水準維持がままならず、借金の重しで瀕死の状態に陥ります。結局、繁盛店の1号店とその運営ノウハウを切り売りすることで、なんとか倒産だけは免れたという苦しい現状。こちらのケースは、「流行」は追えども企業風土に従った進め方という「不易」を無視した結果の失敗であった、と言えるのではないでしょうか。

   企業が継承を繰り返し長い年月を経て、その事業を継続、反映させていくことは本当に至難の技であります。その難しさをこうして目の当たりにしてきたからこそ、十六代の長きにわたりそれを実現してきた名門酒造T社Y社長が力を込める「不易流行」の精神は、大きな説得力をもって胸に迫ってきたのでした。

   事業は立ち上げよりも、成長よりも、継承することが一番難しい、とよく言われます。事業承継の達人企業が400年の重みを持って伝える「不易流行」こそのキーワードに相違ない、と確信めいたものを掴んだ思いでありました。(大関暁夫)

大関暁夫(おおぜき・あけお)
スタジオ02代表。銀行支店長、上場ベンチャー企業役員などを歴任。企業コンサルティングと事業オーナー(複合ランドリービジネス、外食産業“青山カレー工房”“熊谷かれーぱん”)の二足の草鞋で多忙な日々を過ごす。近著に「できる人だけが知っている仕事のコツと法則51」(エレファントブックス)。連載執筆にあたり経営者から若手に至るまで、仕事の悩みを募集中。趣味は70年代洋楽と中央競馬。ブログ「熊谷の社長日記」はBLOGOSにも掲載中。
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