2018年 10月 16日 (火)

久美子社長はやり過ぎ? 大塚家具に見る「社史」からの学び(大関暁夫)

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   2015年に「親子喧嘩」で世間を賑わせた大塚家具が業績不振に陥り、身売りの検討に入ったとの報道がありました。

   あまりにタイミングよろしく、前回の「社史」を軽視する二代目、三代目のケーススタディと言えそうなので、今回取り上げておきたいと思います。

  • 「親子関係」の修復に、大塚家具の運命がかかっている!?(写真はイメージ)
    「親子関係」の修復に、大塚家具の運命がかかっている!?(写真はイメージ)

「親子喧嘩」の印象悪く......

   思い起こせば3年前の「親子喧嘩」は、社長の大塚久美子氏と当時会長だった創業者で社長の実父である大塚勝久氏の間で、経営方針に関する意見の相違から勃発したものでした。

   家具業界はニトリやイケアなどの進出により、急激な低価格化が進むなか、これと歩調を合わせて大衆化路線を歩むべきとする久美子社長と、あくまで大津家具の歴史を支えてきた会員制&高級家具路線で突き進むべきとする勝久氏が真っ向から対決。双方が相手の追い出しをはかって株主総会で議決権争いを繰り広げ、世間の注目を集めました。

   その結果勝利した久美子社長陣営でしたが、その後の業績推移は芳しくなく赤字に次ぐ赤字を重ね、3年前に100億円以上あった手元流動性は遂に20億円を切る危険水域にまで入っています。「親子喧嘩」の当時、世間的には時流に乗った考え方で理論的に正しいと思われていた久美子社長の大衆化路線でしたが、どこに読み違いがあったのでしょうか。

   メディアなどの物言いを見てみると、ひとつは低価格家具販売という領域は当時すでにマーケットシェアが固まりつつあり、後発で新規参入するにはそれなりのインパクトが求められていた。

   しかし、大塚家具の価格設定はそのインパクトに乏しくやや中途半端な印象に終わってしまったのだと。もう一つは、世間を賑わせた「親子喧嘩」の印象があまりに悪く、会社自体のイメージダウンから客足が遠のく原因となったのだと。これらが同社の業績低迷の原因としてあげられています。

久美子社長を「暴走」させたエリート意識

   それらに加えて、私は久美子社長が戦略を読み違えた大きなポイントとして、勝久氏の完全排除という問題があったように思っています。勝久氏は創業者であり、定時制高校を卒業後、実家の桐箪笥製造業から独立して家具販売業を立ち上げ、ジャスダック上場の企業にまで成長させた立志伝中の人物です。

   会員制を導入し、来店客に接待係が付いて回ることでコンサルティング的な総合アドバイスを通じて家具のまとめ買いを促す、というそれまで他社に類を見ない戦略で業績を拡大し続けてきたのです。

   もちろん、勝久氏のやり方は時代の流れとともに見直しが必要な時期に来ていたのは、明らかな事実であったでしょう。

   しかし、勝久氏は言ってみれば生きた「社史」そのものです。そこに敬意を払うことなく切り捨ててしまった久美子社長は、事業承継型企業経営者が押さえるべき、最も重要な要素のひとつを自ら手放してしまったことになるのです。

   では、なぜそんなに重要なものをいとも簡単に手放してしまったのか――。広く2代目、3代目経営者のみなさまに参考になるポイントでもあるので、この点にも言及しておきます。

   久美子社長にみる創業者排除の大きな原因として、2代目、3代目にありがちな「独自路線」への創造欲を見ることができます。すなわち、事業を立ち上げそれを大きく成長させてきた創業者に対する対抗意識が、独自路線創造欲としてそれを引き継ぐ者には現れがちなのです。

   さらに悪いことに久美子社長は一橋大学卒業後、富士銀行勤務を経て当社に入るという、社会的超エリートであったことが拍車をかけたと言えます。エリート後継者が叩き上げ創業者への対抗意識から、理論的に整理された机上論をかざして過去を否定し新路線を突っ走る、そんな後継戦略が一敗地にまみれる姿を、私は現実に多数目にしています。

父・勝久氏「親って本当にバカ」

   もう一つ、親子であるという遠慮のなさが、ややもすると創業者と後継者の間に決定的な溝を作ってしまいがちであることも、知っておいていいでしょう。

   親子はたとえ関係を断絶しようとも、いいにつけ悪いにつけ、決して断ち切れない血のつながりが残ります。他人同士の間では無意識に働く相手に対する遠慮や、お互いの侵されざる領域の存在意識などから、相手を徹底的に打ちのめしたりしない、決定的な断絶を避ける力が働きます。

   しかし、親子という特別な血縁関係では、徹底的にやりあっても血の繋がりは決して消えることがないという無意識の甘えによって、つい決定打を放ってしまうことがあるのです。

   そんな流れで「社史」を軽ろんじるだけでなく、「社史」に目をくれることもなく破り捨ててしまう。成功した創業者とその後継者、親子間における事業承継の難しさはこんなところに存在しています。

   大塚家具の「社史」には、恐らくその歴史を支えてきた多くの支援者や大塚家具ファンのコアな顧客層が存在していることでしょう。先代と後継、どちらのやり方が全面的に正しく、どちらのやり方が決定的に間違っているということではなく、経営の難局に相対した場面においては「社史」を読み返しながらヒントを得つつ、新しい考え方ややり方に取り組んでいく、そんな姿勢が危機打開の糸口を作ってくれるのではないかと思います。

   今回の騒動を受けて、父・勝久氏はメディアを通じて、「親って本当にバカ。久美子がかわいそう。あちらから相談してくれるなら、いつでも相談にのる」と明言しています。

   親子だからこそ、絶対的な断絶を経てもまた修復も可能だという、そんな他人同士の関係では考えられない展開もあるのです。今、久美子社長が「社史」の重要性に気がついて、主体的に歩み寄れるか否かに、大塚家具の運命がかかっているように思います。(大関暁夫)

大関暁夫(おおぜき・あけお)
スタジオ02代表。銀行支店長、上場ベンチャー企業役員などを歴任。企業コンサルティングと事業オーナー(複合ランドリービジネス、外食産業“青山カレー工房”“熊谷かれーぱん”)の二足の草鞋で多忙な日々を過ごす。近著に「できる人だけが知っている仕事のコツと法則51」(エレファントブックス)。 連載執筆にあたり経営者から若手に至るまで、仕事の悩みを募集中。趣味は70年代洋楽と中央競馬。ブログ「熊谷の社長日記」はBLOGOSにも掲載中。
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