「時給1000円」払えないのはダメ企業? 最低賃金引上げより直接給付が100倍マシな理由(城繁幸)

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   政府が全国一律の最低賃金1000円への引き上げを「骨太の方針」に盛り込むことを検討中との報道に対し、日本経済団体連合会および日本商工会議所のトップが相次いで懸念を表明し話題となっている。

   一部の意識高い系の人達の中には「時給1000円も払えないようなダメ企業は淘汰されて当然」とおっしゃる人もいるようだが、物事はそう単純でもない。というわけで、今回は最低賃金レベルの時給しか払えない会社について、まとめておこう。

  • 最低賃金は右肩上がりだが……
    最低賃金は右肩上がりだが……
  • 最低賃金は右肩上がりだが……

最低賃金しか払えない会社、そこでしか働けない人の存在

   そもそも、世間には「最低賃金レベルの時給しか払っていない会社」について大きな誤解があるように思う。そういう会社が淘汰されて当然だという人たちは、およそ以下のようなイメージを描いているように見える。

   ・強欲な経営者が従業員に鎖をつけ、最低賃金ギリギリの時給でコキ使っている

   だが、実際には「従業員を鎖につなぐ」ことは別の意味で違法だし、100歩譲ってそんな危なっかしい会社が実際にあったとしても、最低賃金を上げたところで黙って従いはしないだろう。

   確かに「安月給でコキ使ってやろう」という強欲な経営者自体は存在する。だが得てしてそういう会社は離職率が極めて高く、事業そのものが持続しないものだ。わざわざ最低賃金を上げてやらずとも、この人手不足で勝手に淘汰は進んでいるように見える。

   では、実際のところ「最低賃金レベルの時給しか払っていない会社」とはどういう会社なのか。筆者の知る範囲でいえば以下のような会社である。

   ・雇う側も雇われる側も社会的に弱い立場の人であり、双方納得したうえで就労している

   筆者の田舎で食品加工を細々と行っているA社は、従業員の半分以上に最賃ギリギリの時給しか払っていないそうだ。働いているのは近所の中高年で、一番若い人で50代、年金受給者も複数いる。

   「もう会社はたたんでもいいけれど、仕事があるうちは働きたいという従業員がいるから」という理由で事業を続けているという。

   こういう職場に、ダメ企業淘汰論者が乗り込んでいって「皆さんおめでとう!もう低賃金で働く必要はありませんよ! 我々と一緒にハローワークに行ってもっと高い時給の会社に転職しましょう!」と言ったらどうなるか。たぶん、みんな「はぁ?」となるに違いない。

低所得者に確実に現金が届く方法がある!

   そんなA社の社長は、設備投資でもして生産性を高めて時給を上げる努力をするだろうか。たぶんだが、おそらくは廃業すると思われる。では、働いていた老人たちは街に出て再就職活動をスタートさせるだろうか? これもたぶんだが、ほとんどは就労を辞め、生活費の不足分は福祉のお世話になるだろう。

   最低賃金の議論をするときに覚えておいてほしいのは、いろいろな選択肢がある中で、本人が納得して働いているという点だ。当人にはそこで働くなにがしかの事情があるわけで、それを一切無視して「時給〇〇円以下で働くのは悪」と決めつけてしまうのはやや乱暴な議論だろう。

   では、低所得者は水飲んで暮らせとでも言うのか! と思った人もいるやもしれないが、そういう人にはもっと手軽かつ確実な処方箋として「低所得者層への直接給付」をオススメしたい。

   給付付き税額控除(「負の所得税」とも)といったもので、一定の水準を下回る人には所得税を徴収するのではなく、現金を給付するという仕組みだ。すでに複数の先進国で導入済みの制度である。

   これなら本当に時給が上がるかどうか「いちかばちか企業に丸投げする」ような、最低賃金の引き上げと違い、低所得者層に確実に現金が届くことになる。

最低賃金引き上げの「本質」とはなにか

   勘違いしている人が多いのだが、そもそも最低賃金の引き上げというのは「再分配政策」ではない。「最低賃金が上がったので、4人いたバイトを3人に減らします。ちょっとキツくなるけれど頑張ってね。時給は上げるから」というのは再分配でも何でもない。労働者自身の尻を蹴飛ばして、もっと頑張らせるだけの話だ。

   では、最低賃金の引き上げとは何なのかと言えば、その本質は「生産性の低い職から高い職へ人を移す成長戦略」だと筆者は考えている。少なくとも労働者自身が支持するメリットはほとんどないように思う。

   ちなみに、最低賃金の大幅な引き上げという、いちかばちかの賭けをした韓国は経済に急ブレーキがかかり、リーマンショック以来と言われるほどの経済の落ち込みに見舞われている。

   本当に最低賃金の引き上げで国全体の生産性を上げようと思えば、思い切った引き上げが必要だし、それは現実には雇用減という形で強い副作用をもたらす。筆者は生産性云々と再分配の議論は分けて行うべきだと考える。

   人手不足が深刻化するなか、わが国では多様な働き手の活躍を可能とするようなプラットフォームの整備が強く求められている。「どんな条件でも自由に働いてください。足りない分は国が面倒見ますから」という制度こそ、時代のニーズにもマッチしているというのが筆者のスタンスだ。(城繁幸)

人事コンサルティング「Joe's Labo」代表。1973年生まれ。東京大学法学部卒業後、富士通入社。2004年独立。人事制度、採用等の各種雇用問題において、「若者の視点」を取り入れたユニークな意見を各種経済誌やメディアで発信し続けている。06年に出版した『若者はなぜ3年で辞めるのか?』は2、30代ビジネスパーソンの強い支持を受け、40万部を超えるベストセラーに。08年発売の続編『3年で辞めた若者はどこへ行ったのか-アウトサイダーの時代』も15万部を越えるヒット。ブログ:Joe's Labo
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