2019年 11月 17日 (日)

決着の兆し? 英国の政治混乱 EUとの関係を「歴史」で紐解くと見えること(小田切尚登)

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   英国がEU(欧州連合)を離脱することを国民投票で決定したのが2016年6月23日。それから3年余りが経った。

   その間の英国の政治の混乱は目を覆うような状態であったが、ようやくここ数日で決着しそうな状況となってきた。

  • 英国のEU離脱は、本当に決着したのか?(写真は、ロンドン)
    英国のEU離脱は、本当に決着したのか?(写真は、ロンドン)

ドーバー海峡は「深い」

   EU(欧州連合)は、ひと言でいえば西側ヨーロッパの諸国が協調して頑張っていこう! という仕組みである。もともとは20世紀前半に、二度の世界大戦がヨーロッパ発で起きてしまったことの反省からスタートしている。

   戦争で互いに殺しあうようなバカなことは止めて、みんなで協力して平和と安定を得ようということだ。当初は経済とエネルギーの分野での統合が進められたが、次第に政治、経済、外交、安全保障、司法など広範な領域をカバーする地域統合体に成長していった。フランスやドイツ、イタリアなどのヨーロッパ大陸諸国の多くが、これを推進していった。

   しかし、これに今一つ乗り気になれなかったのが、英国だった。1973年に遅ればせながらEUに加盟したものの、通貨はユーロを導入せず、ポンドが使われてきた。そして今回の離脱劇である。なぜ英国はEUと距離を置こうとするのだろうか?

   英国とフランス、そしてヨーロッパ大陸を隔てているのはドーバー海峡だ。ドーバー(英国)から対岸のカレー周辺(フランス)までは意外に近く、最短距離は33.3キロメートルほど。天気が良い日には対岸がはっきり見える。これは、たとえば日本と韓国(福岡と釜山)の距離の数分の1に過ぎない。

   とはいえ、近いとはいえ英国とヨーロッパ大陸の間には、厳然たる心理的距離感が存在していることも事実だ。英国例外主義(ブリティッシュ・エクセプショナリズム)という言葉がある。簡単に言えば、「英国は特別」ということだ。

   英国人の頭の中には、英国とヨーロッパ大陸諸国は別々の存在で、その二つがいわば対等な形で並立しているという発想がある。英国はヨーロッパの一部の地域として矮小化されるのではなく、「世界の中の英国」として独自の存在感を発揮していくべきだ、ということだ。

「ファイブ・アイズ」との強固な信頼関係

   英国人がそう主張する根拠はどこにあるのだろうか――。英国は長い間、世界のリーダーの一翼を担ってきた。その安定した国力と強力な海軍力を背景に、大英帝国は19世紀には「世界の七つの海」を支配すると言われるほどの存在となった。

   20世紀には第一次大戦と第二次大戦の両方で、英国は勝利した。第二次大戦の主な戦勝国といえば、米国とソ連というふうに日本人は想像しがちだが、英国を含めた3か国が勝ったと考えるべきところだ。

   ヨーロッパでは第二次大戦は自由主義とファシズムとの戦いという色彩が強かったが、ドイツ、イタリア、フランス(ナチスに支配された)といった枢軸国を破り、自由主義の砦を守ったのはイギリスであった。

   1941年にドイツがソ連に侵攻するまで、英国は米国とソ連の助けなしに、いわば単独で戦っていた。戦後、英国は植民地の大半を失い、超大国の地位から陥落することになったが、彼らが「EUは敗戦国が中心に作り上げたもの。なぜその軍門に下らなければならないのか」というふうに考えたとしても無理からぬところがある。

   英国は地理的にはヨーロッパの一部であり続けることは間違いない。しかし一方で、それに劣らぬ重要な国際的な枠組みが二つある。一つはカナダやオーストラリアあるいは南アフリカやインドといった「イギリス連邦」の国々との関係である。53か国が加盟するイギリス連邦には24億人が住んでいて、EU(28か国)よりもはるかに大きな枠組みだ。

   もう一つは超大国・米国との関係である。言語を共有し、理念や思想で共通するところの多い英国と米国は特別の関係を維持してきた。

   そのような多元的な関係性の中で英国は生きていくべきだ、との考えは十分理にかなっている。たとえば安全保障上の連携で有名なものに、ファイブ・アイズ(五つの眼)がある。米国(CIAやNSAなど)、英国(MI6など)、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの5か国がスパイ活動で連携している。スパイ活動で提携できるほど、互いに信頼し合っているというわけだ。EU加盟国には、ここまでの信頼関係はない。

ラグビーもビートルズも英国で生まれた

   また、英国の文化や思想がヨーロッパ大陸と比べると、独自性が強いものであることも重要だ。英国人は伝統や形式を重視せず、物事を実利的に進めようとする傾向がある。政治的には中央集権は嫌いで、自由と人権を重んじる。フランスやイタリアやドイツなどのヨーロッパ大陸諸国がおしなべて伝統重視で、権威主義的であるのと対照的である。

   議員内閣制、コモン・ロー(慣習法)、立憲君主制、地方自治、陪審員制度...... といった制度は、すべて英国で生まれた。これらは政治的権力が一か所に集中して、硬直化することのないように考えられた仕組みである。

   このような自由なシステムのおかげで、英国が産業革命や自由貿易をリードし、さらに現代ロンドンが世界の金融やマスコミや教育等々の多くの分野で世界の中心となってきた、と考えてもあながち間違いではないだろう。

   文化に目をやると、ラグビー、サッカー、テニス、ゴルフ、卓球、バドミントン、ホッケーなど多くのスポーツが英国発祥であるのは有名である。ポピュラー音楽の分野では、1960年代のビートルズから始まって、ヘビー・メタルやパンク・ロックなどロックやポップの多くは英国で始まった。それが、米国経由で広まるという道筋をたどった。

   オペラ座の怪人、レ・ミゼラブル、キャッツなどの人気ミュージカルもロンドン発であり、それがニューヨークのブロードウェイから世界に伝搬した。一方でイタリア、フランス、スペインなどでは、カトリック教会や王室が強大な支援を行なったこともあり、クラシック音楽や古典絵画が隆盛を迎えた。新しいものを生み出す英国と、伝統文化の保持に力を入れる大陸諸国とでくっきりと個性が分かれているとは言えないだろうか。

英国のEU離脱「経済的にはマイナスの影響が出る」

   英国とヨーロッパ大陸は長年にわたり、親密かつ微妙な関係を続けてきた。スコットランドを除く英国は、紀元前50年ころからローマ帝国に支配されたが、イタリア、フランス、スペインといった国々とは異なり、ローマ法やカトリック教会、ラテン語等々は踏襲せず、その後は小さい王国に分割された。

   近代に入るとハプスブルク、ナポレオン、オスマン・トルコ、ナチス、ソ連...... というような勢力がヨーロッパ大陸で覇権争いを続けてきたが、それらは英国の提唱する民主主義、自由貿易に対する脅威とみなされてきた。

   そして、今はEUがそれらと同類の脅威になるかもしれない、という話となっているわけである。

   英国がEUを離脱すると、経済的にはマイナスの影響が出る、というのはそのとおりである。しかし、我々は経済だけを考えればいいわけではない。貿易などで、短期的な混乱を最小に食い止める最大限の努力をすべきことは当然として、中長期的な視点で英国とヨーロッパ大陸との関係を、どのように構築していくべきか――。そこのところの確固たる戦略を構築することこそが、現在の英国政府に求められている最大の課題であろう。(小田切尚登)

小田切 尚登(おだぎり・なおと)
小田切 尚登(おだぎり・なおと)
経済アナリスト
東京大学法学部卒業。バンク・オブ・アメリカ、BNPパリバなど大手外資系金融機関4社で勤務した後に独立。現在、明治大学大学院兼任講師(担当は金融論とコミュニケーション)。ハーン銀行(モンゴル)独立取締役。経済誌に定期的に寄稿するほか、CNBCやBloombergTVなどの海外メディアへの出演も多数。音楽スペースのシンフォニー・サロン(門前仲町)を主宰し、ピアニストとしても活躍する。1957年生まれ、60歳。
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