2019年 12月 13日 (金)

【IEEIだより】福島レポート「正直」に発言すればいいわけではない!? 戦略としての反省(2)自粛と職業文化

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   効率のよい情報共有システム、SNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)の副作用として生じた「炎上」という社会現象と、その矢面に立ちやすい「加害者」的職業が存在すること、加害者への誹謗が容易に激化する今の社会では、炎上をシステムエラーとして対処する必要があると考えます。

   そのことを前回、【IEEIだより】福島レポート「加害者というレッテルの貼られ方『炎上』はシステムエラーで起こる 戦略としての反省(1)」で述べました。

   ただし、これはイコール個人が謝罪しない、責任を負わない、という意味ではありません。むしろ原子力に少しでも関わる多くの人が自分事として受け止め、目に見える形の反省を示すマナーを組織や業界全体として確立すること。それにより、その組織・業界の一員が不用意な言動により炎上を引き起こし、徒に傷がつくことがないようにする必要があるのではないか、ということです。

  • そう簡単ではない? 「3.11」後、コミュニケーションに変化が……
    そう簡単ではない? 「3.11」後、コミュニケーションに変化が……

「3.11」後に起こったコミュニケーション不全

「なぜ今までと同じことを言っているのに炎上するのか」
「なぜ8年以上が経ってもなお同じことで責められるのか」
「なぜ関係のない自分まで一緒に批判されるのか」
「なぜ自分の専門外のことにまで文句を言われるのか」

   福島第一原子力発電所の事故後のコミュニケーションについて、原子力に関わる方々から、このようなフラストレーションをお聞きすることがあります。これらの「なぜ」の根本には、「3.11」後の次のような状況変化があるようです。

(1)これまでには必要なかった、顔の見える被害者への配慮が必要となったこと
(2)SNSなどの世界で「責任を求められる」人々の範囲が広がり、本来直接の責任のない方の言動も炎上しやすくなったこと
(3)技術的な「安全」だけでなく、地域住民の暮らしや健康も含む「安心」まで求められるようになったことで、専門外の責任を問われているように感じることが多くなったこと

   こうしたことを前提に、以下のことを考えていくとコミュニケーションの難しさが垣間見られると思います。

◆医療事故と原発事故
   一見関係のない人々が幅広く社会責任を問われる。自分の専門とは直接関係のない分野まで責任の範囲として追及される......。「3.11」後、原子力に関わる人々が直面しているこのような場面は、じつは医療関係者には比較的なじみの深いものです。医療ミスや医療事故の責任範囲は、時に患者さんの生活全般にまで及ぶからです。
   医療業界では、サリドマイド事件や薬害エイズなどの社会問題だけでなく、個人や病院レベルでの医療ミス・医療事故など、決して明るくはない歴史を通じ、加害者としての職業文化が培われてきました。そういう医療者の目から見れば、2011年の原発事故により突然加害者と呼ばれるようになってしまった方々の置かれた状況は、医療事故の後とよく似ています。
   医療事故や医療過誤は、個人の悪意や怠慢で起こるわけではありません。多くの医療事故は組織のシステムエラーとして生じますし、怠慢なスタッフよりも患者さんや現場に深くコミットしている人の方がニアミスの現場に遭遇するリスクが高くなる、と言っても過言ではないでしょう。意識の高いスタッフのあいだで起こるだけに、事故の当事者の方が負う心の傷は本当に深いものです。
   しかし、そういう善良な方々の反省が、必ずしも世間に伝わるわけではありません。

「正直な発言」で一番傷つくのは被害者

◆反省を伝える技術

   むしろ正直である方ほど、

「自分の心のうちを隠してはいけない」

と思うあまり、むしろ非難を受けてしまうことがあります。たとえばニアミスをした別のスタッフを庇おうとして

「人であれば当然そういうこともありますよね」

という「正直な発言」をした結果、患者さんの気分を却って害してしまう。そんな場面は日常診療でもしばしば目にします。

   また、「人を傷つけた」というショックのあまり反応ができなくなり、むしろ反省していないかのように受け取られてしまう方もいます。

   注意しなくてはいけないことは、このような正直な言動の結果、一番傷つくのは被害者の方々であるということです。

「こんなに苦しんでいるのに、相手が反省すらしてくれない」

   そう感じることにより、被害者の方はさらに傷を負ってしまうからです。つまり、たとえ「演技」であっても医療者が目に見える形の反省を示すことは、医療者と患者の両者を守るために必要な技術なのです。

「演技とは何事だ、形ばかりの反省に何の意味がある」

と、憤慨される方もいるかもしれません。しかし、医療者が内心でどんなことを考えていようと、それが患者さんを直接傷つけることはありません。つまり本当に患者さんのことを考えるのであれば、外面を整えることもまた、よい心を持つことと同じくらい優先させられるべきことだ、と私は考えています。

◆その「自粛」はいつまで

   それでは原子力産業界の方々がこの反省の技術を持っていないのでしょうか――。もちろんそうではないと思います。問題は、その技術を、多くの方が「事故後の特別な対応」と認識してしまっていることではないでしょうか。

「我々はいつまで自粛しなくてはいけないんだろう」

   原子力の関係者の方から、時折そう聞かれることがあります。そこには、事故の前まではできていた原子力についての前向きな話題を、容易には口にできなくなってしまったという強い抑圧感も窺われます。

「そろそろ原発事故のことばかりでなく、前向きな話をしたい」

   熱意のある方がそう思ってしまう気持ちは、誰にも止められないでしょう。しかし、では公の場やSNSに流され得るような場で、その発言がなされてよいかと言えば、やはりこれまで福島の方々と関わってきた者として、「否」と答えざるを得ません。

   反対に、今「自粛」と呼ばれている多くの態度は、新たな職業文化として定着させる必要があるのではないか、と思っています。それは決して福島への思い入れからくる感情論ではありません。むしろ、そのような「マナー」こそが、業界の方々を無意味な炎上から守る戦略だと思うからです。

「患者さんの前でそういう話はしないで...」は隠ぺいではない

今、福島で起こっていることは......(写真は、福島県いわき市周辺)
今、福島で起こっていることは......(写真は、福島県いわき市周辺)

◆医療者としての演技

   たとえば、医療事故から何年もたった後に、医療者が患者さんの前で

「あんな事故はめったに起きないのに、なぜいつまでも患者に気を遣わなければならないのか」
「あんな稀な医療事故が一回起きただけで、不安を覚える患者は感情的すぎるのではないか」

と言うことは、世間からどう受け止められるでしょうか。あるいは、ある医療事故が起きた時、同じ病院で事故に関係していないスタッフや、別の病院で同じような手技を行っている医療スタッフが、

「自分は同じ病院にいても全然関係ない」
「あの事故は一つの病院の怠慢なのに、なんで自分たちまで責められなくてはいけないのか」

などと、患者さんに聞こえるところで話すことは、いかがでしょうか。

   もちろん医療者も人ですから、その心の容量には限界があります。何か大きな出来事が起きた時に、自己弁護・自分の組織の弁護をしたくなることは当然の反応です。しかし、医療者が患者さんの前で発する言葉は、「内心そう思ってしまうこと」や「内輪でそういう愚痴をこぼすこと」とはまったく別物です。

「患者さんに聞こえる場所ではそういう話はしないように」

   そのマナーは、決して医療者に表面上のごまかしを教唆するものではなく、患者さんを傷つけないための医療者のマナーであり戦略である、と言えるのではないでしょうか。

反省という「技術」で人を守る

◆覆水は盆に返らない

   もちろん事故が起こる前であれば、医療者が患者さんを安心させるために、少しオーバーに不安を否定してみせることもあります。また、リスクにおびえすぎる状況を多少おもしろおかしく表現することもあり得るでしょう。しかし一たん医療事故が起きてしまった後にまったく同じ発言を繰り返せば、

「稀な事故だから許されると思っているのか」
「患者の不安を馬鹿にする気か」
「事故のことを真剣に考える気がないのか」

という誹りは免れ得ません。そして、それは事故から年月が経ったから消えるものではないのです。たとえば事故から10年が経った後、

「そろそろ医療事故を忘れて、前向きな話をしてもいいのではないか」

などという発言をすれば、

「そろそろ、で済まされる問題か」
「時間が経ったら、ほとぼりが冷めるとでも思っているのか」
「本当に反省する気があるのか」

と、言われてしまうのではないでしょうか。なぜなら、どんなに時間が経っても事故はなかったことにはならず、被害は元に戻ることはないからです。

   被害に遭った患者さんと家族の気持ちを慮ること。それは医療者として一生貫くべき職業文化であり、「そろそろ......」といって打ち切るような、期限付きの「自粛」ではありません。それは、原子力においても同じことなのではないでしょうか。

◆新しい職業文化を

   あくまで医療という立場からの意見にはなりますが、福島への「自粛」は、関係者の抑圧感の解消や原子力に関わる業界のイメージアップ戦略のために解かれるべきではない、と私は思います。

   もちろん、被災者への配慮を犠牲にして得られるメリットがデメリットを上回るのであれば、戦略的に前向きな発言はなされてよいかもしれません。しかし、その前向きな発言と被災者への配慮が本当に両立し得ないのか、という議論は十全になされるべきだと思います。

   今、福島の現場はようやく表面上の落ち着きを取り戻し始めています。そんな大切な時期だからこそ、ふと「正直な本音」を語ってしまったほうが「炎上」に巻き込まれる、といった不毛な出来事を繰り返さない戦略が必要だと思います。

   個人がこれ以上無用な攻撃を受けないよう、そして「炎上」によって福島に住む方々が癒えかけた傷を再びえぐられることのないよう、業界全体が反省という技術をもって人々を守る。それが加害者としての職業倫理であり、「3.11」後のエネルギー業界に必要な戦略なのではないでしょうか。それが、事故という現実が常に身近にある、医療現場からの愚考です。(越智小枝)

越智 小枝(おち・さえ)
越智 小枝(おち・さえ)
1999年、東京医科歯科大学医学部卒。東京医科歯科大学膠原病・リウマチ内科。東京都立墨東病院での臨床経験を通じて公衆衛生に興味を持ち、2011年10月よりインペリアルカレッジ・ロンドン公衆衛生大学院に進学。留学決定直後に東京で東日本大震災を経験したことで災害公衆衛生に興味を持ち、相馬市の仮設健診などの活動を手伝いつつ世界保健機関(WHO)や英国のPublic Health Englandで研修を積んだ。2013年11月より相馬中央病院勤務。2017年4月より相馬中央病院非常勤医を勤めつつ東京慈恵会医科大学に勤務。
国際環境経済研究所(IEEI)http://ieei.or.jp/
2011年設立。人類共通の課題である環境と経済の両立に同じ思いを持つ幅広い分野の人たちが集まり、インターネットやイベント、地域での学校教育活動などを通じて情報を発信することや、国内外の政策などへの意見集約や提言を行うほか、自治体への協力、ひいては途上国など海外への技術移転などにも寄与する。
地球温暖化対策への羅針盤となり、人と自然の調和が取れた環境社会づくりに貢献することを目指す。理事長は、小谷勝彦氏。
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