2024年 4月 26日 (金)

絶滅危惧種のアムールトラが教えてくれる人間の未来【12月は、2022年をのぞき見する一冊】

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   2021年も残り1か月を切った。昨年来のコロナ禍でさまざまな活動が「自粛」され、人々は悶々とした生活を送っている。夏に開かれた東京オリンピック・パラリンピックの代表選手や、米大リーグのロサンゼルス・エンゼルス、大谷翔平選手の大活躍に胸が熱くなり、救われた思いだった。

   さて、来る2022年、干支は寅。2月には北京冬季オリンピック・パラリンピックが開かれる。世界は、日本の経済は? 人々の生活は......。12月は、そんな「2022年」や「寅」にまつわる一冊を取り上げたい。

   来年は寅年。虎は日本に生息しないが、なぜか日本人は虎が大好きだ。そんな虎の生態や虎にまつわる文化、虎の未来について詳しく教えてくれるのが、本書「トラ学のすすめ」だ。読み終えれば、ますます虎への愛が深まることは間違いない。

「トラ学のすすめ」(関啓子著)三冬社
  • なぜか、日本人は虎が大好き!
    なぜか、日本人は虎が大好き!
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アムールトラはネコ科最大の獰猛で優雅な生きもの

   著者の関啓子さんは、1948年生まれ。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。一橋大学名誉教授であるとともにノンフィクション作家として著作活動も行っている。著書に「アムールトラに魅せられて」「コーカサスと中央アジアの人間形成」「多民族社会を生きる」などがある。

   虎の本なので、動物学者かと思ったら、関さんは社会学者だ。副題が「アムールトラが教える地球環境の危機」とある。虎は非常にセンシティブな生き物であり、自然環境との強いつながりのなかで生きている動物であることを強調している。

   虎に種類(亜種)があることを御存じだろうか。現在、6亜種が生息している。かつては8亜種が識別され、5亜種が生息しているとされていたが、2004年のDNA鑑定により、インドシナトラとマレートラが区別されたために、現在は6亜種が生息していることになった。

   すでに3亜種は、森林の減少、さらには毛皮や骨を得るための乱獲によって姿を消した。6亜種の中で、アムールトラ、ベンガルトラ、インドシナトラ、マレートラの4亜種が、レッドリストの評価で絶滅危惧亜種であり、アモイトラとスマトラトラは近絶滅亜種になっている。いずれも絶滅する可能性があるというのだ。ちなみに上野動物園のトラはスマトラトラで、多摩動物公園のトラはアムールトラだ。そして、本書の主人公はアムールトラ。トラの亜種のなかでもっとも大きく、寒い地域に生息しているのが特徴だ。

メスのトラは女手ひとつで子どもたちを3歳まで育てる

   アムールトラの生物的なプロフィールを、こう紹介している。ネコ科最大の獰猛で優雅な生きものだ。大きさはオスならば、体長約2メートル、体重は約250キログラムで、鼻先から尻尾までの全長は約3メートル。メスはやや小ぶりだ。

   ロシア極東の沿海地方とハバロフスク地方に生息する。主にアムール川流域、おおむねその右岸にいる。タイガと呼ばれる亜寒帯の針葉樹林がすみかだ。新潟から飛行機で約1時間半という、日本にかなり近いところにアムールトラは生息しているのだ。

   シカやイノシシなどを捕食して生きている。1頭のテリトリーは、成獣のオスならば、800~1000平方キロ(兵庫県の10分の1)というから、かなり広い森林がないと生きていけない。

   メスのトラは、女手ひとつで子どもたちを約3歳まで育てる。ライオンと違い、群れをつくらないトラは、餌となる動物とつねに差しの勝負を挑む。ヒグマとの生存競争もある。8割はトラが勝つといわれるが、ヒグマはメストラの2倍の大きさだから、時に命を落とすこともある。そうなれば子トラは悲惨な運命をたどる。もっともトラの最大の敵は人間、密猟者だ。

   関さんは、アムールトラは「矛盾した存在」だと形容している。獰猛だが、ゆったりと落ち着き、優雅だと。吠え声は恐ろしいが、温厚でおっとりとした性格だそうだ。

   トラの保護に尽力している人たちは、もと猟師やトラを生け捕りしていた人が多いそうだ。アムールトラは捕らえられても、おびえや憎しみを表すことがなく、誇りを失うことがないという。その姿に感動して、捕らえる立場から保護する立場に転じたのでは、と関さんは推測している。

アムールトラとつきあう心得

   最新の調査(2015年)では、日本全土の約39%にあたる15万平方キロに、480~540頭が生息していることがわかった。その10年前には423~502頭だったから、微増している。20世紀初頭には10万頭もいたから、いかに多くのトラが殺戮されたかがわかる。

   先住民はトラを神聖視していたから、トラを狩りの対象にしていなかったが、ロシア人の狩人が入植してから、トラは狩りの最高のターゲットになった。高く売れるだけではなく、トラとの知恵比べ、命がけの勝負という高揚感が狩人をトラに対峙させたという。この説明を聞けば、狩人から保護者への「転向」も納得できる。

   アムールトラとつきあう心得を書いている。ことのほか用心深く、人間の存在を感知すれば自分から避けてしまう。トラの存在を教えてくれるのは足跡だ。極東の森林でトラを見ることができれば、「奇跡」とまで書いている。そして、アムールトラが人間を襲うことはないとも。

   日本のトラ文化にも多くのページを割いている。商標にトラを用いる企業は少なくない。タイガー魔法瓶やタイガー・ボード(吉野石膏)、和菓子の老舗「とらや」。ほかにも阪神タイガースや、映画の「フーテンの寅さん」、アニメのタイガーマスクなどが有名だ。

   日本人がトラを知った起源も書いている。欽明天皇の時代、西暦545年に百済に遣わされた使者がトラの皮をもち帰ったことが、「日本書記」に書かれているという。生きたトラが日本に来たのは、宇多天皇の時代、西暦890年のことだという。

   トラにまつわる故事や名言は多く、「実物よりもイメージとして身近な動物になった」と書いている。

   トラは、「自然環境の健康状態を教えてくれる」存在だという。地球温暖化と森林破壊、トラは人間の未来を教えてくれるとも。

   黄金と黒の縞もようのアムールトラの写真を見ると、その威厳に居ずまいを正したくなる。アムールトラにいつまでも生き延びてほしい、そう願わずにはいられない。(渡辺淳悦)

「トラ学のすすめ」
関啓子著
三冬社
1980円(税込)

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