2024年 4月 24日 (水)

「自由貿易の番人」WTO、久々の存在感...ウクライナ侵攻で深刻化する「食糧危機」対応...6年半ぶり「閣僚宣言」採択の舞台裏

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   「自由貿易の番人」といわれる世界貿易機関(WTO)が食料危機への対応などで合意した。

   このほど開かれた閣僚会議で宣言を採択したもので、機能不全が指摘されてきたWTOが久々に存在意義を示したと評される。 ただ、利害が対立する課題は先送りしており、自由貿易の旗振り役の復活には程遠いのが実態だ。

  • WTOが食料危機への対応などで合意(写真はイメージ)
    WTOが食料危機への対応などで合意(写真はイメージ)
  • WTOが食料危機への対応などで合意(写真はイメージ)

「農産物輸出に制限を課さないことが重要」再確認

   スイスのジュネーブで2022年6月12日に始まった閣僚会議は会期を延長して17日まで開かれ、閣僚宣言の合意に達した。事務局長の交代やコロナ禍による延期で、開催自体が4年半ぶりだったが、宣言がまとまるのは2015年12月のケニア以来約6年半ぶりになる。

   最大の成果は食料危機への対応だ。「農産物に輸出の禁止または制限を課さないことの重要性を再確認する」と明記した。

   ロシアの侵攻で世界の穀倉地帯であるウクライナ産の小麦やヒマワリ油などの輸出が滞り、穀物価格の高騰と相まって、中東やアフリカ諸国を中心に途上国の食糧事情が悪化している。このため、米国の国際食糧政策研究所(IFPRI)によると、侵攻後にマレーシアやアルゼンチンなど20か国以上が輸出制限に踏み切っている。

   閣僚宣言は、こうした状況をふまえ、やむを得ず輸出を制限する場合は「貿易歪曲(わいきょく)性を最小化し、一時的で透明性をもたせる」ことでも合意した。規制は最小限にし、期間を限り、対象も明確にし、透明性を確保するということだ。また、世界食糧計画(WFP)向けの人道支援目的の食料は対象外にすることも決めた。

   もう一つの成果が、長年の懸案だった漁業補助金の問題だ。2001年に新興国や途上国も交えて、関税削減や投資自由化の一括合意を目指す新多角的貿易交渉の一部として始まったが、厳しい規制導入を主張する欧米と、例外措置を求めるインドやアフリカなどの途上国との対立が延々と続いていた。

   今回、乱獲状態にある資源の漁業を対象とした補助金は禁止し、乱獲に歯止めをかけることで合意した。ただ、漁業に依存する途上国がどんな特別措置を受けられるかなどについては継続協議となった。

   新型コロナウイルスのワクチンについては、パンデミック時には特許権を一時的に制限し、途上国での製造を後押しすることで合意した。ただ、治療や診断も対象とすべきだとの途上国の主張は、先進国の反対で見送られた。

紛争解決制度は前進なく...「上級委員会」選任を拒否し続ける米国

   WTOには、こうした国際的な貿易のルールを決めることとともに、加盟国間の紛争処理という重要な機能もある。

   自国の利益第一で保護主義に走らないよう、たとえば関税などについて対立があれば、WTOに提訴できる裁判のような制度だ。しかし、これについては、今回の会議でほとんど前進が見られなかった。

   この制度は、まず当事国の求めに応じて裁判の1審に当たる「小委員会(パネル)」が設置され、その決定に不満があるときは、上級審(最終審)にあたる「上級委員会」に申し立て、上級審の判断が最終的な決定になる。

   このカギを握る上級委員会の委員選任を米国が拒否し続けている。

   このため、2019年末から3年近く委員不在で機能停止状態にあり、現在20以上の通商紛争が宙に浮いている。米国も納得する制度改革が必要だが、今回の会議でも具体案が提示されず、2024年までに「十分に機能する紛争解決システムを実現するよう協議する」と記すにとどまった。

新興国と先進国との利害対立どう調整? WTOの抱える課題多数

   WTOはモノやサービスの自由化をめざして1995年に発足。意思決定には加盟する全164か国・地域の同意が必要となる。経済成長に伴い中国やインドなど新興国の発言力が高まり、先進国との利害対立が頻発していた。

   特に今回、ロシアのウクライナ侵攻という状況での開催は、合意を危ぶむ声も多かった。

   日米欧などは制裁の一環でロシアへの最恵国待遇(関税などいずれかの国に与える通商上の最も有利な待遇を、他のすべての加盟国に対して与えなければならないという原則)の適用を相次いで取り消している。平時ならありえないことだ。

   そんな中でも、なんとか閣僚宣言採択に漕ぎ着けたのは、ウクライナ侵攻への言及を避けたからだ。

   侵攻で深刻化する食料危機への対応を優先したかたちで、日米欧なども「ロシアがいることで国際社会が何も合意できないと、かえってロシアに『拒否権』を与えるようなもの」(交渉筋)との現実的な判断が働いたという。

   WTOはひとまず、「自由貿易の番人」としての最低限の責任は果たしたかたちだ。だが、経済安全保障を理由にした対中国貿易の制限や、巨額補助金を使った半導体の自国生産誘致合戦など、本来の自由貿易体制に反する動きが相次ぐ。

   多国間体制を維持していく道は平たんではない。(ジャーナリスト 白井俊郎)

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