地図から消える「ローカル線」問題...解決に向け、新しいモビリティサービスの可能性探る

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   日本の鉄道開業150年の今年(2022年)7月、国土交通省は、一部のローカル線について今後のあり方を議論すべきという提言を発表した。

   そんななか、本書「地図から消えるローカル線」(日経BP)では、「鉄道の役割を見直す必要がある路線」を具体的に示しながら、新しいモビリティサービスを生み出す方策を提案している。

「地図から消えるローカル線」(新谷幸太郎編著)日経BP

   野村総合研究所の社内有志が立ち上げた「鉄道ビジネス検討チーム」の自主研究をとりまとめた本書は、同研究所プリンシパルの新谷幸太郎さんが編著者となっている。

人口減少とコロナ禍...鉄道業界の危機

   国土交通省が提言をした背景には、人口減少とコロナ禍による影響という2つの歴史的出来事がある。JR各社の2019年と20年の鉄道事業における利益推移は、以下のように深刻なものだ。

   上場している4社のデータは、JR東日本(2500億円の黒字→5300億円の赤字)、JR東海(6100億円の黒字→1800億円の赤字)、JR西日本(1000億円の黒字→2500億円の赤字)、JR九州(190億円の黒字→370億円の赤字)となっている。

   コロナ禍による乗客の減少は一過性のものかもしれないが、人口減少社会をいち早く体験したのが、鉄道業界であるという認識から、本書は生き残り策を模索している。

   同研究所では、仮に2019年の利益水準を将来にわたって維持していくためには、どれくらいの費用構造改革が必要になるのかを試算した。それによると、もし不採算路線の縮小のみによる費用削減を進める場合は、2040年までに約2800キロの路線を縮小する必要がある。

   鉄道の役割を見直す必要がある路線として、JR北海道の根室線(釧路~根室)、釧網線(東釧路~網走)など4路線、JR東日本の花輪線(好摩~大館)、五能線(東能代~川部)など14路線、JR西日本の因美線(東津山~智頭)、山陰線(益田~幡生)など11路線、JR四国の牟岐線(牟岐~阿波海南)、予土線(北宇和島~若井)など4路線、JR九州の筑肥線(伊万里~唐津)、指宿枕崎線(指宿~枕崎)など7路線の計40路線を挙げている。

   しかし、路線の縮小だけが唯一の選択肢ではなく、それぞれの地域で新しい地域交通のあり方を検討し始めることが重要だと考え、特定路線にあえて言及したという。

公共交通に求められる「3つの価値」とは?

   本書がユニークなのは、鉄道を経済的側面だけではなく、多面的にとらえていることだ。ローカル線の廃止議論と廃止反対運動を振り返り、公共交通(とりわけ鉄道)には3つの価値が求められるとしている。

   1つ目は、「利便的価値」だ。利用者にとって便利な公共交通を求めるという意味で、本数・運賃・速度などが使いやすい水準にあること。

   2つ目は、「事業的価値」だ。可能な限り公的資金を投入せず、運賃収入だけで維持してもらいたいという期待である。

   3つ目は、「シンボル的価値」だ。単なる移動手段ととらえるだけでなく、地域の「宝」としての象徴性を期待するものだ。

   この3つを実現できるのは、人口が密集した一部の大都市圏だけである。地方では、3つの価値すべてを成り立たせるのが難しい。

   したがって、3つの価値のどこにどう重きを置くのか、といった議論をしていくべきだったのに、議論の主導者が誰もいなかったのが問題だ、と指摘している。

   その背景には、ローカル線は鉄道会社の「内部補填」による維持が当たり前と考えられてきたことが挙げられる。また、行政も鉄道会社も住民も議論を主導しようとしなかった。

   だが、黒字路線ではローカル線を支えきれないことが明らかになり、このところの見直しが浮上してきたわけだ。

鉄道の存廃について...4つのタイプごとの対策

   本書では、「シンボル的価値」を可視化することが、「鉄道を維持すべきかどうか」の議論の出発点になる、としている。「シンボル的価値」とは、言い換えると地域の「想い」であり、4つのタイプにまとめている。

   1つ目は、輸送密度が1日200人以下ときわめて少ないが、生活基盤として日々の「いとなみ」を守る機能を重視している地域だ。小型のデマンドバスの導入が望ましい。

   2つ目は1日200~2000人と少ない地域内輸送路線だ。地域の「にぎわい」の機能が期待されているが、鉄道駅を再利用した立派なバスターミナルを用意すれば、いまの鉄道の役割は継承できるのではないか、としている。

   3つ目も1日200~2000人と少ないが、かつての広域輸送路線である。以前は特急・急行列車が走り、大都市との「つながり」のシンボルだった。鉄道跡地を活用したバス専用道を走るBRT(バス高速輸送システム)がふさわしいと提案している。

   4つ目は1日2000人以上と一定の利用がある路線で、駅を中心とした「ひろがり」を重視している地域だ。鉄道としての維持が可能だが、高校や病院といった公共施設を駅前に移転させるなど地域側の努力を求めている。

デジタル技術が可能にする新しい交通

   さらに、今後、デジタル技術が可能にする新しい交通についても、検討している。

   その1つがMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス=マース)である。MaaSとは、ICT(情報通信技術)を活用して、交通の情報をクラウドに一元化。それにより、自家用車以外のあらゆる交通手段を統合するサービスや取り組みを指す。

   従来よりも、ドアtoドアで小回りの利くモビリティサービスはすでに実現している。たとえば北海道上士幌町では、90歳を超える高齢者も含めてタブレットを使い、デマンドバスを予約し、買い物やお風呂に通ったり、地域の陶芸クラブに通ったりする光景が当たり前になっているそうだ。

   自家用車社会と鉄道が共存するにはMaaSが必須だとしており、人口密度が低い地域で通用する新しい交通プラットフォームの構築を提言している。

   「鉄道を残したい」という「想い」を類型化するなど、情緒を排した理論的枠組みを提示したところに本書の意義を感じた。今後、日本各地で進むであろう議論のフレームワークになるかもしれない。(渡辺淳悦)

「地図から消えるローカル線」
新谷幸太郎編著
日経BP
990円(税込)

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