今、企業のCSR部門が関心寄せる...自然と人とのいい関係で幸福を生み出す「森づくりビジネス」とは?/グリーンエルム・西野文貴さんに聞く【「アトツギ甲子園」最優秀賞】

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   大分県で苗木生産などの仕事を行うグリーンエルムの西野文貴さんは、先代の苗木生産の仕事の後を継ぎ、現在では自然・人間・企業の三方良しの「森づくりビジネス」を手掛けるなど、全国を飛び回っている。

   そんな西野さんは、2023年3月3日に中小企業庁の主催する「アトツギ甲子園」で「森づくりビジネス」を発表して最優秀賞を受賞。今、注目の若手「アトツギ」の一人だ。

   グリーンエルムが手掛ける「森づくりビジネス」とは何か。また、どんな思いで行うのか。西野さんに詳しく話を聞いた。

  • イベントで最優秀賞を喜ぶ西野さん(第3回「アトツギ甲子園」運営事務局提供)
    イベントで最優秀賞を喜ぶ西野さん(第3回「アトツギ甲子園」運営事務局提供)
  • イベントで最優秀賞を喜ぶ西野さん(第3回「アトツギ甲子園」運営事務局提供)

「跡継ぎになるのは正直、ラッキーだと思った」

――家業の苗木生産の仕事を継ぐことを考えたきっかけを教えてください。

西野文貴さん 父・西野浩行が起こしたグリーンエルムという会社は、苗木生産を手掛けていました。森づくりで著名な先生のもとで助手をつとめた経験のある父が大切にしていたのは、「いい森をつくるには、いい苗木が必要」という考え。そのため、「森づくり」を視野に入れ、その土地の環境に適した常緑広葉樹・落葉広葉樹を中心に、さまざまな苗木の生産には当時からこだわっていたのです。このあたりは、現在にも受け継がれている思いですね。

――キーワードである「森づくり」への思いは、当時から変わらないのですね。

西野さん さて、私が跡継ぎを意識したのは、ひとつ違いの兄(長男)が大学進学時に情報分野の学科を選んだことが、ひとつきっかけでした。一般的には、家業は長男が継ぐものですよね。ところが、そんな事情があって、「次男だけど、私が家業を継がないといけないのだろうな」と、当時、高校生で進路選択に悩んでいた私は思ったものです。一方で、正直、「ラッキーだな」とも思いました。
なぜなら、兄が進学したいわゆるITの分野は常に最新の知識へとアップデートする必要があります。それはそれで、大変な世界です。ところが、私が継ぐであろう苗木生産や森づくりの仕事は、一度覚えた知識でも一生使えるからです。そう思うと、次第に跡継ぎのことが前向きに考えられるようになりましたね。
ちなみに、その兄はいまではこちらに戻り、家業をサポートしてくれています。

――なるほど。西野さんは大学ではどんなことを学ばれたのですか?

西野さん 森林学を専攻しました。その後、大学院の博士前期課程を終えたあと、一度地元の大分県に戻って仕事を手伝ってから、また大学院に入って林学の博士後期課程を修了しました。仕事を手伝う中で、「これまでの商売と同じことをするだけではなく、アイデアをプラス、いや、掛け算をしていかなければ」という思いを深めました。
そんな思いから、現在、グリーンエルムが力を入れている「里山ZERO BASE」という事業を立ち上げました。
これは、私自身が、東日本大震災の津波にも耐えた、お寺や神社の近くにある「鎮守の森」を全国各地に復活させる「鎮守の森のプロジェクト」に参加したことがきっかけとなりました。

自然・人・企業が手を取り合う「森づくりビジネス」

植樹祭の様子(提供:西野文貴さん)
植樹祭の様子(提供:西野文貴さん)

――博士号をお持ちとは驚きました。アトツギ甲子園でも発表された「里山ZERO BASE」とはどんな事業でしょうか?

西野さん 「里山ZERO BASE」は山地災害や花粉症、地域の雇用、生物多様性、環境教育などの森林を取り巻く課題を、植生調査・樹種選定・現場指示といった「森づくりビジネス」で解決することを目指しています。
父が培った種子から苗木を作り、土壌整備する「苗木づくり」のビジネスと、林学博士を得た私の植生管理と獣害モニタリング、二酸化炭素固定量算出といった「森づくり」の技術を掛け合わせ、材木を販売する林業から山林全体で付加価値を生んでいく「森林業」にグレードアップさせたいと考えています。

――具体的には、どういったビジネスプランとなるのでしょうか。

西野さん ターゲットとしたいのは、企業のCSRにかかわる部門です。よく企業のCSR活動の一環として、植樹が行われることは少なくないと思います。ところが、CSR部門の課題として、担当者さんが必ずしも環境に詳しいわけではない、ということが挙げられます。だから、植樹などの活動をどのように行い、また、どうやって広げていけばいいかわからないというケースがあります。
そこで、「里山ZERO BASE」に委託していただければ、山林の植生を調査に始まり、その土地に最適な苗木の植樹を提案し、ひいては植樹の結果どのような効果が表れたのか報告書にまとめるところまで実施します。私たちが、植樹に関して、調査・設計・検証をワンストップで請け負うのです。

――昨今、どちらかといえば、企業のCSR活動以上に、ESG(E=環境、S=社会、G=ガバナンス)を重視する姿勢が評価されているように思います。そんななかでも、なぜ企業のCSR活動をサポートするような事業展開を考えられたのでしょうか。

西野さん たしかに、CSRというと「ちょっと古いのでは」と思われがちですね。しかしながら、日本のCSR活動は50年以上の歴史があります。また、ESG重視の経営姿勢はもちろん重要ですが、一方でだからといって、いきなり大きな投資を行うことは難しいだろうなと。そうしたことから、まずはCSR活動を、ESG経営を進めるうえでの入り口としてはどうかと考えたのです。
もっとも、私たちも将来的な構想として、植樹によって、どれくらい二酸化炭素排出量の抑制に貢献したかを報告したり、または植樹した木を使って「木の名刺」として活用したりしてもらうなどの提案もしていきたい。
このように、植樹などのCSR活動がESG経営に果たす役割は大きいと考えています。

最高の自然で「環境教育」 子どもたちに教えたいのは「郷土愛」「長期的な目線」

全国で環境教育を実施(提供:西野文貴さん)
全国で環境教育を実施(提供:西野文貴さん)

――ユニークな取り組みですね。そのほかにも、特長はありますか。

西野さん さらに、植樹を行った山林の一部は地元の小中高校生に無償開放し、子どもたちに最高の自然で環境教育を行う取り組みを始めています。
子どもたちが植樹を行う価値として、木を観察しに森を訪れるきっかけになったり、地元への愛着を育てたりすることにつながります。これは自然と人との距離を近づけ、人生の幸福度を高めることなると思っています。
また、私自身、幼少期に植樹を体験しました。その時に学んだのは、植樹した木が大きく育つまでに、何十年という時間がかかるということ。こうした経験は、子どもたちに「長期的な目線」を養ううえでいい経験になるのではないか、と思います。
現代はインターネットやスマートホンといったデバイスを子どもも使うことが多く、触ったら、すぐ反応があるものばかり。すると、短期的な目線しか育たないのではないかと危惧しています。
それだけに、植樹や環境教育を通して、子どもたちの心の中で「自然って大事なんだ」「自然を壊すと元に戻すのにすごい時間がかかるんだ」という意識を高め、それを大人になったときに生かしてほしいと伝えています。

――すばらしい取り組みですね。

西野さん もう少し説明すると、実は日本の国土に占める森林の割合はおよそ7割で、世界第2位の豊かな自然があります。1位はフィンランドですが、フィンランドと日本の人の幸福度を比べてみるとかなりの落差があります。そこで私が思うのは、フィンランドでは自然享受権(※)が認められていて、比較的自由に森に立ち入ることができます。すると、人間と自然の距離がぐっと近づき、身近に自然を感じられる。それがもしかしたら、人間の幸福度を高めているのではないかということです。
こうした「幸福度」の観点でも、「里山ZERO BASE」を通じて、課題解決を目指していきたいと思います。

(※)自然享受権とは、北欧などで認められている、土地の所有者に損害を与えることなく植物や動物に敬意を払って行動する限り、すべての人にあらゆる土地への立ち入りや自然環境の享受を認めるという権利。

人生の岐路に立ったら、3つの「理解」を自らに問いかけて

アトツギ甲子園での発表の様子(第3回「アトツギ甲子園」運営事務局提供)
アトツギ甲子園での発表の様子(第3回「アトツギ甲子園」運営事務局提供)

――新しく始めた森づくりビジネスの展望を教えてください。

西野さん こうした森づくりビジネスを全国的に広めて、認知度を高めることで関心の高いプレイヤーを増やしたいですね。日本各地で森づくりビジネスの規模を大きくしていくことで、新たなムーブメントにしたいと考えています。

――現在、西野さんは35歳ということですが、新しい事業を思いつくような発想力がすごいと思います。大切にしている考えはありますか?

西野さん そうですね...。人生で大切にしているのは「感謝の気持ち」です。研究活動や調査で全国の神社の鎮守の森に入ることが多いのですが、そんななかで豊かな自然や厳かな森を残してくれた過去の人々、人間に恵みを与えてくれる森に感謝する気持ちが自然と身に付きました。

――同年代のビジネスパーソンに対してメッセージを頂けますか?

西野さん この世代になると、Iターン就職、Uターン就職、または私のように家業を継ぐことに迷っている人もいるかもしれません。そういう人には、まず動いてみることをお勧めします。私は徹底した「現場主義」の姿勢を大事にしていますが、考えるだけでなく、現場に行くと学ぶこと、思うことがたくさんあります。迷ったら、現地に行ってみてほしいです。
これに関連する話として、物事を「理解」するということは、3つに分かれると思っています。それは、手を動かして技術を習得する「体で理解する」。いろんなことを考えて、道筋を立てて「頭で理解する」。これらも大事ですが、何よりも必要なのが「心で理解する」ことだと私は信じています。
この3つの軸が自分の中で整理されていれば、これからの自分の人生に悩むこともなく、自身がなすべきポイントもわかってくると思いますよ。

――本日はありがとうございました。

【プロフィール】
西野文貴(にしの・ふみたか)
株式会社グリーンエルム 植生景観管理事業部長

1987年大分県別府市生まれ。2012年3月に東京農業大学林学専攻博士前期課程を修了。2013年6月、鎮守の森のプロジェクト技術部会部会員を務めながら、2014年3月にグリーンエルム入社。2018年東京農業大学大学院農学研究科林学専攻(博士後期課程)入学。2021年3月、東京農業大学院農学研究科林学専攻修了、林学博士取得。家業であるグリーンエルムにて複合的な「森づくりビジネス」を展開しながら、国内外含めて数千か所の森林の実地調査を行い、ヨルダン、インド、中国などで森づくりの指導を行っている。

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