2024年 6月 17日 (月)

半導体材料で世界トップシェアのJSRを、政府系ファンドのJICが買収 国際競争生き残りへ業界再編狙う

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   半導体素材大手のJSRが、経済産業省所管の政府系ファンドの産業革新投資機構(JIC)に買収されることになった。経済安全保障上の戦略物資である半導体材料の競争力の維持・強化に向け、JICの資金力と影響力を後ろ盾に業界再編に乗り出す方針だ。

   だが、政府が関わった再編には失敗に終わった例も多く、狙い通りの成果を上げられるのだろうか。

  • 経済産業省所管の政府系ファンドの産業革新投資機構(JIC)、半導体素材大手のJSRを買収へ(写真はイメージ)
    経済産業省所管の政府系ファンドの産業革新投資機構(JIC)、半導体素材大手のJSRを買収へ(写真はイメージ)
  • 経済産業省所管の政府系ファンドの産業革新投資機構(JIC)、半導体素材大手のJSRを買収へ(写真はイメージ)

JIC、12月下旬にTOB始める予定 買収総額は1兆円規模か

   JICが2023年6月26日、TOB(株式公開買い付け)を通じ、東証プライム市場に上場するJSRの全株式の取得を目指すと発表した。

   買い付け価格は1株当たり4350円で、買収が明らかになる直前の6月23日終値に対するプレミアム(上乗せ幅)は35%。JSRはJICの発表を受け、TOBに賛同を表明し、同社の株主に応募を推奨した。

   JICは12月下旬をメドにTOBを始める予定で、成立すれば、JSR株は上場廃止になる。買い付け総額は9039億円、純有利子負債を含んだ買収総額は1兆円規模に達する。

   JICはJSRを買収するための新会社へ5000億円程度を出資し、みずほ銀行が4000億円強を融資する。出資と融資の中間的な優先株や劣後ローン計1000億円を複数の銀行が引き受ける。

主力商品は半導体向け「フォトレジスト(感光材)」 JSRはシェア28%のトップ企業

   JSRの主力製品は半導体向けの「フォトレジスト(感光材)」という液体樹脂だ。 これは、シリコンウエハーに回路パターンを転写する際に必要で、半導体の製造に欠かせない。回路の微細化の技術進歩でも、重要な位置を占めるとされる。

   調査会社によると、フォトレジストの世界の市場規模は2021年時点で19億ドル(約2730億円)、26年には30億ドルに達する見通しだ。 JSRはシェア28%を占めるトップ企業で、同社を含む日本企業が全体の9割を握っているが、シェア約15%の米デュポンを含め1社ずつの事業規模は限られ、競争も激しい。

   半導体受託製造の世界最大手、台湾積体電路製造(TSMC)や韓国サムスン電子などの世界の半導体大手は巨額の研究開発投資せ先端技術開発を進めており、「材料メーカーがついていくための研究投資負担は重い」(経産省筋)。

   フォトレジスト分野は、市場規模としては中規模で、1社で巨額の投資をするには限界があり、生き残りにために同業他社との事業再編が不可欠になると判断したとみられる。

   また、JSRの株主構成は、外国人保有比率が54%(23年3月末時点)にまで増え、21年には主要株主の米投資ファンド、バリューアクト・キャピタルから社外取締役を受け入れていた。

   連結売上高が4000億円規模のJSRが外国勢に買収されかねないとの懸念も、JICによる買収の背中を押したようだ。

各国が国内の半導体技術の強化に奔走 JSRは非上場化で意思決定を速め、大胆な事業戦略を推進

   半導体は自動車や電機をはじめ幅広い分野で使われ、いまや国民の生活に欠かせない「戦略物資」だ。

   とくに半導体をめぐる米中対立の激化で、世界各国で半導体は経済安全保障の根幹にかかわる重要物資になった。

   世界が半導体技術の産業基盤の国内確保に走り、日本もTSMCが熊本県に建設する工場に21年度補正予算で最大4760億円の拠出を決定している。

   さらに、22年度第2次補正予算では、次世代型開発や供給網強化などの半導体支援に計約1兆3000億円を計上。トヨタ自動車などが出資する次世代半導体製造の共同出資会社「ラピダス」に、計3300億円の助成も決めている。

   こうした流れの一環で、現状で世界的に強みを持つフォトレジスト分野の優位をさらに強固にしようというのが、今回のJSR買収だ。JSRのエリック・ジョンソン社長は6月26日開いたオンラインの記者会見で「(半導体素材業界の)再編を先導したい」と明言した。

   JSRは21年には約450億円で同業の米企業を買収する一方、祖業だった合成ゴム事業を売却するなど、経営資源を半導体関連に集中させてきた。非上場化によって意思決定を迅速化し、業界再編を含め大胆な事業戦略を推し進めたい考えだ。

過去の案件にルネサス、JDI、JOLED... 「退出するべき企業」の延命はもうしないというが...

   JICは2018年に産業革新機構(INCJ)を改組するかたちで発足した経済産業省所管の官民ファンド。民間だけでは背負えない投資リスクを官民でとり、新産業を育成するという目的は、INCJ時代から基本的に変わらない。

   JICの出資金は3700億円弱で、大半は政府が財政投融資特別会計(投資勘定)を通じて出し、一部、大手企業も出資している。

   個別企業への大型出資は前身のINCJ時代のもので、新産業育成とはいいつつ、経営不振に陥った企業を救済するかたちで資金を注入した例が目立つ。半導体大手のルネサスエレクトロニクスや液晶大手のジャパンディスプレイ(JDI)、有機ELディスプレーパネル製造のJOLED(ジェイオーレッド)などが代表だ。

   ルネサスでは、業績が上向き、段階的に資金を回収している。だが、JDIは赤字が続き、再建途上のまま。JOLEDは2015年にINCJが主導し、JDI、ソニー、パナソニックの有機ELディスプレーパネル製造事業を統合して発足したが、23年3月に民事再生法の適用申請に追い込まれた。

   JICに改組してからは、「退出するべき企業の延命にカネは出さない」方針を明確にしている。一時、東芝の買収にも名乗りを上げたが実現せず、JSRの買収が成功すれば、JICとしての大型案件第1号になる。

   今回の買収は、業界再編・技術力向上など前向きな投資で、「INCJ時代の企業救済型とは違う」(経産省筋)。ただ、たとえばJOLEDの場合、低コスト有機ELパネル製造技術が一時もてはやされながら、実用化できずに破綻している。同列に比べられないとはいえ、政府の後ろ盾だけで事業が改善・発展するものではない。

   政府資金の安易な出動が投資の効率を損ねていないか、買収後の経営陣は厳しく問われることになる。(ジャーナリスト 済田経夫)

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