2019年 6月 18日 (火)

いまだ生まれざる者の声を聞くことの意義 「仮想将来世代」が可視化する未来の人々とは...

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◆「フューチャー・デザイン 七世代先を見据えた社会」(西條辰義編著)

   副題の「七世代先を見据えた社会」は、編著者によると、米国の先住イロコイ族から想を得たものらしい。イロコイ族は重要な意思決定の際、七世代後の人々になりきって考えるという。個人や文化で違いがありそうだが、多くの場合、自分に続く縦の血統として濃厚にイメージできるのは、自分の孫の孫(四世代先)までではないか。「七世代先を見据える」とは、血縁から離れた未来の人々を考慮して意思決定することを意味する。

   我々が目先の利益にとらわれ、過度に楽観的になることはありふれたことである。眼前の課題に集中し、遠い未来を思いわずらうことに思考力を浪費しないことは、人間の生存に有利に働いたことであろう。しかしながら、人間活動の大規模化につれ、長期の利害を熟慮する必要が高まってきた。温暖化ガスが大規模かつ長期に蓄積されることで、未来の人々に災厄が降りかかることなど、慎ましく暮らしていた時代には思いもよらぬことであった。

   市場と民主制という、現在までのところ人間が到達したもっともましな制度でさえ、未来の世代の利害への配慮という点には大きな問題を抱えている。市場は「その時点で生きている人々しか考えておらず、将来の人々などは入り込む隙間すらない」。民主制における有権者とは、現存する一定年齢以上の者に限られる。いまだ生まれざる者の利害が、有権者の利害と同等に扱われると期待するのは甘すぎる。

   この問題認識に基づき、本書が提案しているのが「将来世代を現在に取り込む」ことである。その取組を本書では「フューチャー・デザイン」と呼ぶ。あたかも将来の人間になったかのように振舞う「仮想将来世代」の役を一定の集団に課し、その仮想将来世代と現世代との対話・交渉を通じ、重要な意思決定をおこなうのだという。仮想将来世代を社会で実装する切り口がいくつか検討されており、なかでも、将来世代の利害を代弁することに特化した「将来省」の設置を提案していることが耳目を集める。仮想将来世代が一票を持つのであれば、バランス・オブ・パワーの均衡は将来世代寄りにシフトするであろうし、たとえ票は持たぬとしても、将来世代を人格的存在として可視化することを通じ、現世代の将来世代への共感を高めることができそうだ。編著者によると、著者たちは2012年の春から様々な分野から集まり、研究を重ねてきたという。その取組の現在までの成果である本書が広く読まれることを期待する。

  • フューチャー・デザイン 七世代先を見据えた社会
    フューチャー・デザイン 七世代先を見据えた社会

その将来世代とは「誰」のことであるのか

   その期待に立ちつつ、評者として課題を四つ指摘しておきたい。第一は、「その将来世代とは『誰』のことであるのか」ということである。哲学の世界では「非同一性問題」として込み入った議論がなされているが、評者がここで取り上げるのは、実践上の課題である。イロコイ族では七世代後の子孫を考えて意思決定をおこなうとのことであった。七世代後とは、一世代30年とすれば、210年後を考えて決定することを意味するが、果たして、実社会で誰かに仮想将来世代の役を課す場合、彼(女)は、210年後、あるいは100年後、30年後、それとも1000年後の人間、いずれを演ずるべきだろうか。イロコイ族のような定常社会の場合ならまだよい。210年後のための決定とは、つまるところ現在の生活を半永久的に持続可能とする決定を意味する。変化の激しい現代社会の場合、「将来」とひとくくりにいっても、30年後と100年後の利害は対立するかもしれない。温暖化は100年後には顕著な被害をもたらすかもしれないが、30年後にはそうではないかもしれない。30年後、100年後、210年後、1000年後の各世代に対応する仮想将来世代を各々用意することが答えになるのかもしれないが、その場合、各世代の声に平等な重みを与えるべきだろうか、それとも、遠い未来の世代の声は割り引いてしまってもよいのだろうか。

   同様の問題は将来世代の地理的範囲においても生ずる。温暖化の被害はどの国・地域でも一様に発生するわけではない。被害の大きいのはインドやアフリカなど貧しい国々であり、日本や米国の損害はさほどでもなく、寒冷地のロシアに至ってはプラスの純益があるとの試算がある。この利害の地理的偏在を前に、どの国・地域の人間を将来世代として想定すべきだろうか。もっとも被害を受けるインド人だろうか。国家という単位に敬意を表し、日本国民だけからなる仮想将来世代をつくるのがよいのだろうか。

【霞ヶ関官僚が読む本】現役の霞ヶ関官僚幹部らが交代で「本や資料をどう読むか」「読書を仕事にどう生かすのか」などを綴るひと味変わった書評コラムです。

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