2020年 11月 30日 (月)

モーツァルトの大急ぎの仕事、交響曲第36番「リンツ」と同第37番の顛末

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   先日、来日したウィーン・フィルの演奏に接することが出来ました。音楽の都ウィーンにあって、音楽的伝統を守り続ける世界に名高い名門オーケストラが演奏したのはウィーンにゆかりの深い作曲家たちの作品でした。今日はその中からモーツァルトの交響曲を一つと、もう一つの交響曲の物語をとりあげましょう。

    ウィーン・フィルが演奏したのは、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの交響曲 第36番 ハ長調 K.425で、「リンツ」という愛称で知られています。モーツァルトの交響曲は、このほかにも、「ハフナー」、「プラハ」、「ジュピター」などいくつか愛称で呼ばれるものがありますが、これらは本人が付けたわけではなく、後世の人間が勝手に名付けたものです。

モーツアルトの肖像
モーツアルトの肖像

大量の手紙が残されたおかげで分かったこと

   電話もメールもなかった時代、人々は、実にこまめに手紙を書きました。モーツァルトも短い生涯の間、大変な数の音楽作品を残しただけでなく、膨大な手紙を書いています。後世のわれわれにとってありがたいことに、モーツァルトの死後、彼の業績をまとめて世の中に喧伝し、有名にしようとした未亡人コンスタンツェなどによって、比較的手紙が良好な状態で保存されたため、私たちは、そこからモーツァルトの足跡をたどることが出来ます。

   それによると、父親の反対を押し切って、故郷ザルツブルグのポストをなげうって、帝都ウィーンで活躍していたモーツァルトは、1782年、これまた父に反対されていたウェーバー家のコンスタンツェと結婚します。しかし、大恩人である父や故郷の人との関係修復を考えたモーツァルトは、1783年、新婚旅行の目的地をザルツブルグにしたのです。欧州全域を演奏や就職活動のために旅したモーツァルトにとっては、「近場の旅行」でしたが、ザルツブルグからウィーンに帰る途上、リンツに立ち寄ります。そこで、ウィーンでのパトロンでもあったトゥン伯爵に熱烈な歓迎を受け、演奏会で披露するシンフォニーの作曲依頼を受けたのです。故郷の父へは10月31日付で、その演奏会が11月4日であることを伝えているので、これが真実なら、交響曲をまるまる1曲、わずか3日で作曲したことになります!

   これが、現在「リンツ」の名で、知られている交響曲第36番です。ハ長調という明るい調性で始まるこの曲は、新妻を父に披露し、ウィーンに帰る途上、旧知のパトロンにリンツで歓迎され仕事を頼まれ、張り切っている様子が目に見えるようです。

本田聖嗣プロフィール

私立麻布中学・高校卒業後、東京藝術大学器楽科ピアノ専攻を卒業。在学中にパリ国立高等音楽院ピアノ科に合格、ピアノ科・室内楽科の両方でピルミ エ・ プリを受賞して卒業し、フランス高等音楽家資格を取得。仏・伊などの数々の国際ピアノコンクールにおいて幾多の賞を受賞し、フランス及び東京を中心にソ ロ・室内楽の両面で活動を開始する。オクタヴィアレコードより発売した2枚目CDは「レコード芸術」誌にて準特選盤を獲得。演奏活動以外でも、ドラ マ・映画などの音楽の作曲・演奏を担当したり、NHK-FM「リサイタル・ノヴァ」や、インターネットクラシックラジオ「OTTAVA」のプレゼンターを 務めるほか、テレビにも多数出演している。日本演奏連盟会員。

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