2024年 4月 28日 (日)

「認知革命」で地球を支配したホモ・サピエンスの未来

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   ■「サピエンス全史」上・下(ユヴァル・ノア・ハラリ著)

   イスラエルの若手歴史研究家の手による野心的な書だ。

   表題から想像するに、人類の進化の過程を手始めに、各文明の勃興、王国の繁栄と没落といった世界史絵巻かと思われる。だがその想像は、良い意味で裏切られる。

    ホモ・サピエンスという種が、他の生物と思考方法において一線を画することになった「認知革命」、その後の農業革命を経て、帝国の成立そして科学革命という展開を見せる本書は、地球上の多くの生物を根絶やしにしつつ繁栄するサピエンスの「発達史」である。その切り口は極めて斬新であり、世界的ベストセラーとなったのも至極当然と思わされる。

「サピエンス全史」上・下(ユヴァル・ノア・ハラリ著、河出書房新社)
「サピエンス全史」上・下(ユヴァル・ノア・ハラリ著、河出書房新社)

徹底した相対化を行う

   本書の冒頭は、ホモ・サピエンスを動物の一種として突き放して観察し、他の生物とくにネアンデルタール人等との生存競争の勝因を分析する。

   著者は「虚構、すなわち架空の事物について語る(この)能力こそが、サピエンスの言語の特徴として異彩を放っている」とし、「虚構のおかげで、私たちはたんに物事を想像するだけではなく、集団でそうできるようになった」と示されれば、なるほど現生人類の優位性は腑に落ちる。ネアンデルタール人がいかに体格・脳の容量で勝っていたとしても、集団としての組織力がなければ勝ち目はあるまい。

   一方で、その虚構を語る能力を単なる認知の能力として片付け、宗教家が時に語る「人間の霊性」といった、他の動物との根拠なき優位性を徹底して否定する。自らもその種に属しているサピエンスそのものを、著者は完全に相対視するわけだ。

   宗教やイデオロギーも、この相対化から逃れられない。宗教を虚構としつつ、近代の自由主義や共産主義、資本主義といったものをも「自然法則の新宗教」と断じる。狂信者に危害を加えられたり、民主主義万能論者には非難されたりしそうだが、無神論者の多い日本人にはすんなり受け入れられるだろう。デジタルな思考回路にマッチした現代的な見方とも言える。IT長者のザッカーバーグが激賞したことも、このことを裏書きするだろう。

歴史上の人々の「幸せ」を想像する異色の歴史家

   こうした相対化は本書の全章に通底している。

   著者の祖国が過酷な歴史を背負うイスラエルと知ると、相対化はニヒリズムかと想像したくなる。しかし、歴史家としての科学的視点の貫徹とすれば、学者の実直さとも感じられる。どちらか、あるいは両方なのかも知れない。

   著者は下巻後段において、歴史家は社会の変革等がその時代の人々の「幸せ」や「苦しみ」に与えた影響を考えるべきと主張する。なるほど狩猟時代よりも農耕社会の方が個体としては過酷な環境だったとすれば、進歩と幸福は一致しない面もある。

   この文脈で、仏教の教えや大脳生理学にまで立ち入りながらも、著者はその「幸せ」の具体的な尺度は最後まで提示しない。そこに「自由」という物差しを当てることを夢想する評者もまた、自由主義という「新宗教」に囚われているのであろうか。

   だが、「自由主義」の淵源たる「自由」そのものは、ホモ・サピエンスに固有の希求ではない。著者自身も、食肉工場に封じ込められた肉牛の身の上を悲惨と評する。全ての生命体にとって「自由」は生存と尊厳に不可欠の要素ではないか。だとすれば「自由主義」は単なる認知の問題ではなくなる。著者の相対化はその点において行き過ぎであり、生命の内面を省察していないうらみが残る。無論これは小さな揚げ足取りであり、壮大なる本書の価値は些かも減じることはない。

   著者の視座は、バイオニック生命体の開発努力にまで及び、認知革命で地球を支配したホモ・サピエンスが、遂には自らの意思で脳とAIを融合させた「超ホモ・サピエンス」となることをも想定内とする。そうした未来の技術によって、「幸せ」や「苦しみ」はどのような変化を遂げるのだろう。

   広範な知見と、凡俗には想像も及ばぬ思索。これらを平易な言葉で次々と読者に投げかける著者は、単なる歴史学者を超越している。読者の見方次第で、哲学者とも、預言者ともなりえよう。今後の活躍、次の出版に大いに期待したい。

酔漢(経済官庁・Ⅰ種)

【霞ヶ関官僚が読む本】現役の霞ヶ関官僚幹部らが交代で「本や資料をどう読むか」「読書を仕事にどう生かすのか」などを綴るひと味変わった書評コラムです。

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