2024年 4月 25日 (木)

かまやつひろし、飄々として

年を重ねることが権威にならない

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上から目線にならない物腰

   彼らに共通していたのは「世代感」だったように思う。

   戦争を挟んで価値観が変わった。それまでの軍歌や文部省唱歌で育った大人とは違うという音楽観。上の世代にはお手本となる人が見当たらない。誰もが見様見真似で音楽を始めていたという共通項もある。

   そういう中で異彩を放っていたのがかまやつひろしだった。異彩というのはいい意味でである。GSで一時代を築いた彼は、GSブームが衰退後、ソロアーティストとして活動するようになる。10歳以上若いフォーク系のアーティストが集まるイベントやコンサートに積極的に参加、GSとフォークから始まった新しい流れの架け橋となっていった。7歳年下の吉田拓郎と組んだ「我が良き友よ」は、その象徴的なヒットだろう。

   筆者がかまやつひろしと初めて会ったのは70年代の初めに彼が文化放送の「セイ!ヤング」のパーソナリティをしていた時だ。豊富な音楽の知識はもとより、時にはサングラスにミリタリールック、時にはフランスやイギリスのブランド、それでいて高級感をひけらかさないロックミュージシャンならではのセンス。何よりも、絶対に上から目線にならない物腰と飄々としたフットワークの軽さに惹かれた。どんな若いミュージシャンに対しても偉ぶらない。年を重ねることが権威につながらない。

   80年代の初めだろうか、彼について「栄光の年齢不詳」という文章を書いた記憶がある。音楽業界の中で、こんな人になってゆきたい、と思う数少ない人だった。

   かまやつひろしと最後に話したのは、2015年の2月だった。筆者が担当しているFM COCOLOの「J-POP LEGEND FORUM」で一か月間彼の軌跡をたどった。5週間に渡って登場してくれた最後の台詞は「ライブハウスを回って若いバンドと出会いたい」だった。

   1970年に彼が発売した初めてのソロアルバム「ムッシュ―/かまやつひろしの世界」は、世界でも珍しい一人多重録音のアルバムだった。今聞いても瑞々しさは、失われていない。でも、取材でお会いしても最後まで「ムッシュ」とは呼べず「かまやつさん」だった。

   あんな風に生きたい、という気持ちは今も変わっていない。

   今のうちに話を聞いておきたい。

   そんな人はたくさんいる。

(タケ)

タケ×モリ プロフィール

タケは田家秀樹(たけ・ひでき)。音楽評論家、ノンフィクション作家。「ステージを観てないアーティストの評論はしない」を原則とし、40年以上、J-POPシーンを取材し続けている。69年、タウン誌のはしり「新宿プレイマップ」(新都心新宿PR委員会)創刊に参画。「セイ!ヤング」(文化放送)などの音楽番組、若者番組の放送作家、若者雑誌編集長を経て現職。著書に「読むJ-POP・1945~2004」(朝日文庫)などアーテイスト関連、音楽史など多数。「FM NACK5」「FM COCOLO」「TOKYO FM」などで音楽番組パーソナリテイ。放送作家としては「イムジン河2001」(NACK5)で民間放送連盟賞最優秀賞受賞、受賞作多数。ホームページは、http://takehideki.jimdo.com
モリは友人で同じくJ-POPに詳しい。

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