2018年 5月 25日 (金)

スマホはメモ帳 川上未映子さんは出産前後も左手で握っていた

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   Hanako(4月26日号)の「りぼんにお願い」で、作家の川上未映子さんが文筆家らしいスマホ利用法を明かしている。

   誰もが知っている人物、多くが行っている場所、みんなが使っているモノ...どれも随筆のテーマとして実は厄介だ。「あ、それ知ってる」「どこかで読んだぞ」というツッコミが読者から殺到する。私も新聞社にいたころ、著名人の追悼コラムを書く時は緊張した。ニワカの極みのような執筆者より詳しい人が、何万人もいるはずだから。「何だこの程度かい」と思ったところで、読者は三々五々「脱落」していく。

   個人保有率で7割ともいわれるスマホを語るにあたり、川上さんはこう始める。

「言うまでもないことだけれど、スマートフォンが誕生して本当に便利になったとしみじみ思う。そのぶん自由と時間が奪われたとも言えるけれど、しかしメリットとデメリットを比べれば、いいことのほうがもちろん多い」

   ふわっとした「低姿勢の一般論」で読者を優しく迎えつつ、「私とスマホ」を語る。

   川上さんは周囲が驚くほどの早打ちで、「キーボードで打つのとあまり変わらない速度と精度」だという。だから生業の原稿をスマホで書くことさえある。

   たとえば出産時、破水してからもiPhoneで原稿を書き続け、出産後も左手のスマホを受け皿に、見えるもの、感じるもの、考えたことを文字化していった。

  • 手書きの代わりにスマホで文字入力
    手書きの代わりにスマホで文字入力

文字は鮮明、意味不明

   原稿だけではない。「ありがたいのは、文章をさっとメモしておけること」

   小説のちょっとしたアイデア、あっと思うシーンや会話、感覚、セリフなどを、ひらめいたら記録しておく。かつてはノートに手書きでやっていたことを、いまはスマホが受け止めてくれる。これなら、私のように「達筆」すぎる自筆メモに往生することもなかろう。

   打ち込むそばからデジタル文字になっていくのを見ながら、川上さんは、まだ手書きだった自作が活字になった若き日を思う。その様子にときめいた昔を。

   ところが、時間をおいてスマホ上のメモを読み返した時、意味が自分にもわからないことがままあるそうだ。ちなみに最新の記述はこれである。

   〈夏を過しっ死ということがめあてに〉...芥川賞作家の発想だ。笑ってはいけない。

「書いたとき、よし、これで読み間違えたり迷ったりすることはないはずだ、完璧、と思ったことだけははっきり覚えているのに......どんだけがんばっても、全く意味不明。なにを伝えるのこれ」

失われた「部品」

   私もコラムを書く時、外出先で気の利いた言い回しや比喩が思い浮かぶたび、ポケットの紙切れに書き留めることを習慣にしている。指が太いせいかスマホはどうも...。

   手書きに利点があるとすれば、打ち間違いがないという点だろう。そもそも打たないのだから、発想と媒体の間に行き違いは起こらない。すなわち、思ったことと書いたことが一致する。だから、泥酔時などを除いて〈夏を過しっ死〉はない。

   意味不明のスマホメモにあきれながら、川上さんは結語でこう嘆く。

「こうして...すごく重要だったかもしれない何かが、永遠に失われてゆくんだね」

   私にも、ひらめいたものが何かの拍子に霧消した経験がある。しかもその頻度は増すばかりだ。すごく重要だったかもしれない何か...ではあるが、忘れたり解読不能だったりするような文字列は、もともと大したアイデアではなかったのだろう。

   永遠に失われたとしても、たかが一部品。作品全体を動かす代用品は、プロならいくらでも思いつくはずである。

   そういえば、本稿にも素晴らしいオチがあった気がするのだが、思い出せないまま、そして代わりを思いつかないまま、ここに締め切りを迎えたことを記しておく。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。

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